西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇聖書の言葉 U

12月の聖句

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文:滝瀬 一 伝道師

「天使は言った。『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。』」

ルカによる福音書第2章10−12節

 これは、最初のクリスマスの報告です。
 わたし自身と、また、わたしもそこに暮らしているこの世界の毎日の生活の様子を見て、救いなど一体どこにあるのだろうか、と考えることがありました。特に、キリスト教会で待降節と呼ぶこの時期には、そう思うことが、以前は、多くありました。
 けれども、そうではなかった。わたしのその考え、思いは正しくなかったのです。
 「天使は言った。『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。』」こう書き記された聖書の言葉をよく見てみると、「今日」という言葉がこころの目に留まるのです。そう、2000年前のあの日に、わたしたちの救い主は生まれてくださった。イエス・キリストは生まれてくださった。神の救いは、あの日、ついに与えられた。それだから、今は、神の救いがもう与えられている中で生きることができる。わたしたちはみんなもう救われて生きることができるのです。最初のクリスマスの出来事を記録した人が、この「今日」という小さな言葉を、どれほど大きな喜びをもってそこに書いたのか。このことに気づくことこそが、救いのある、喜びのある生活のはじめだったのです。
 聖書の示す神の救い−福音−を信じる思いが、わたしの中にも、今は、新しく、音を立てて響いています。

in Christ.

注。待降節=アドヴェントとも呼ばれる。キリスト教会の暦におけるクリスマス直前の期節。イエス・キリストの誕生すなわちクリスマスを迎えるこころの準備をすると共に、そのキリストがもう一度この世に来られる、再臨に対しても備える時。例えば、今年、11月27日から12月24日の期間を指す。

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◇聖書の言葉 T

11月の聖句

文:滝瀬 一 伝道師

「わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。」

コリントの信徒への手紙 一 第1章3節

 手紙を書こうと思いました。差し上げる方について思い巡らしたりしながら、何を書こうかと考えました。文面はこころの中でいろいろに出てきました。でも、その本文を書くためのスタートをどう切ろうか、とふと思いました。つまり、あいさつのことです。普通、拝啓と書くことがあります。前略と書くこともあります。でも、わたしはクリスチャンですから、それらしい言葉を書きたいと思いました。キリスト教会の信者たちには、主の御名を讃美します、というふうなあいさつを書く方が多くいるようです。聖書の神さまを讃えて、手紙を書き出す。わたしもそうしようかと、ペンをすっと取りました。でも、ちょっと立ち止まって、聖書の中にもたくさんの手紙が収められている、まずそれをきちんと見ておこう、と思いました。聖書を開きました。これは手紙、とすぐに分かるものは、その新約聖書の中にずいぶんたくさんあります。21あります。それで、その21の手紙のあいさつを全部丁寧に読んでみました。すると、手紙ですからその宛先はそれぞれ違うのですけれども、決まって同じような言葉も書かれてあることに気づきました。「わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように」というのです。なるほど、わたしたち教会の者はこのように書き出したらよいのか、と知りました。差出人のわたしの名前を書き、差し上げる方のお名前を書き、続けて、この言葉を書いてみました。そこには、聖書の中の手紙になぞったわたしの手紙のあいさつの文章が書かれていました。そこにしばらく目を落としてみました。すると、初めに浮かんだいろいろな文面も、そのあいさつに導かれるようにして、こころの中できちんと整えられてきたように思いました。

in Christ.

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