西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇聖書の言葉 Y

4月の聖句

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文:滝瀬 一 副牧師

「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。」

 コリントの信徒への手紙 一 第15章3−5節

 4月16日には、キリスト教会は、イエス・キリストの死からのお甦りを記念して祝う日、イースターを迎えます。この2006年の一足ずつの歩みにおいて、あの3月1日以来、わたしたちのためのキリストの十字架刑の苦しみと死を尊び生活するレントの期節を深めて、教会は今、祝福と喜びの予感に満ちています。
 喜び、と、ここにすぐに書きました。それこそ、わたしたちに何が喜びであるかを気づかせてくれた出来事、それが、キリストの十字架の死からのお甦りであると思います。この出来事への信頼に教会の基盤もあります。でも、なぜ、そのキリストのお甦りが、わたしたち皆の喜びなのでしょうか。
 キリストのお甦りはもちろん死からの甦りでした。わたしたちの誰もが必ず経験しなければならないその死からの甦りでありました。この甦り、復活は、命が、一切の終わりであるような死の、向こう側に突き抜けることでした。
 わたしたちは皆一度限りの人生を生きています。2度目、3度目などない。それほどかけがえのない命を今生きています。その命が死で終わる。その命は生まれた時から既に死に向かっている。それでは正に生きる甲斐がないと思います。少し極端に言えば、「『食べたり飲んだりしようではないか。 どうせ明日は死ぬ身ではないか』」(注)ということになると思う。だから、復活は、この命をその死から守る出来事、聖書の神の愛によってこの命をその死に勝たしめる出来事なのです。
 上に掲げた聖書の言葉は、これがこの世界に教会を建て、それでその初めからずっと守られ、語り継がれてきたという、教会の基盤であり、また遺産です。聖書が喜びとしてわたしたちに告げることを、凝縮して、すぐに暗記してしまえるかのような形で言い表したものなのです。ここにはキリストのご生涯が語られています、わたしたちのこの命のための、キリストのお甦りが語られているのです。
 そして、こういうことであれば、教会がこうして立っている、それが、キリストのお甦りの証しであるとも言えることになります。また、教会が主の日と呼ぶ日曜日に礼拝を行うことも、その、キリストのお甦りの証しです。だから、キリスト教会がある、それは、そこにわたしたちの命の喜びがあり、そしてその喜びがこの世界にいつも明らかに示されているということだ、と、わたしはこころから信じています。

in Christ.

注。コリントの信徒への手紙 一 第15章32節より。

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