西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇聖書の言葉 \

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文:滝瀬 一 副牧師

「従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。」

   ローマの信徒への手紙第8章1、2節

 キリスト教会とそのクリスチャンが、自分たちとその生きるこの世界の救い、その幸いについて考える時に、キーポイントになることがあります。それは、その救い、その幸いが、一切、自分たちの力に拠るものでない、ということです。
 聖書は、旧約聖書と新約聖書から成っています。そこで、わたしたちが救われるということ、わたしたちの幸いについて、そればかりを考え、悩み、苦闘して求めて、ついに、その解決の糸口を見出してきました。
 聖書を信じる人々はかつて、政治的また経済的な様子での救いも経験しました。そこに、聖書の神の救いを求めて与えられ、知ってきたこともありました。それは、わたしたちが自分自身の救いということを考える時に、もしかするとこのこころに最初に、当然出てくる、救いの様子であるかもしれません。
 けれども、そのような救いは、わたしたちの真実の救いではありませんでした。すなわちそれは、わたしたちが、神を知らず、認めず、それで結局は神に背いて生きるという生き方、言い換えるならば、自己中心で、結局は自分しか頼るところがないという、まったく不確かで、惨めな生き方の、根本的な解決にはならなかったのです。
 わたしたちには厳しい現実があります。限界を厳しく背負った現実があるのです。生活のさまざまな場面、特に愛するというこころと行動において、それを覚えます。そして、神はそんなわたしたちを本当によく分かっていてくださると、聖書は語ります。
 だから、わたしたちが、救われて幸いな、嘘偽りなく愛することのできる生活を生涯過ごすためには、わたしたちの力にではなく、ただ神の力に拠ること、それをわたしたちのものとすることではなく、すべて神のものとすることが、求められるのです。
 神がわたしたちの救い、幸いを知り、それを求め、整えて、そして、わたしたちに与えてくださる。教会がこの世界に宣教するその救いは、その一切を神に依り頼むもので神にかかっているものです。イエス・キリストのご生涯がその証しです。それだから、これほど確かで、信頼すべきわたしたちの救いは、他にないのです。ある書物には、次のような、聖書の救いの信仰についての教えの言葉が書かれています。
「問1 生きている時も、死ぬ時も、あなたのただ一つの慰めは何ですか。
 答 わたしが、身も魂も、生きている時も、死ぬ時も、わたしのものではなく、わたしの真実なる救い主イエス・キリストのものであることであります」(注)

in Christ.

注。『ハイデルベルク信仰問答』竹森満佐一訳、新教出版社、1976年、第20版より。

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