西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇聖書の言葉 ]X

1月の聖句

2006年12月

文:滝瀬 一 副牧師

「彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。」

    マタイによる福音書第2章9、10節

 新年を迎えました。2007年と数えられる年です。キリスト教会の愛する主、またわたしたちすべての者の救い主であるイエス・キリストの、生誕後、2007年です。
 この1月に入り、教会がすぐに迎える祝日があります。それが1月6日、公現日、または顕現日とも呼ばれる日です。これは、聖書の神の民イスラエルから見れば異邦の人である東方の占星術の学者たちが、まだ幼子のキリストに出会い、そのようにしてキリストがこの世に公に現れられたことを記念し、それで神の救いが世界大に広がり始めたことを祝う、という日です。上の言葉をその中心とするその実際の出来事の報告が、新約聖書マタイによる福音書第2章1−12節に書かれています。これはどこか幻想的な物語です。けれども、わたしたちが神の救い主に出会う、出会って生きるということを実によく説き明かしてくれています。
 占星術の学者たちは新しい王、救い主の生誕を告げる星を夜空に認めました。しかしすぐに、彼らの知識による救い主の認識は誤解であったと明らかにされます。星を発見しそれを追ってきたのに、その星をはたと見失い、ついに、道に迷ってしまったからです。救い主を拝もうと遙か遠くの東から旅をし、最上の宝を携えて、自分たちの人生を一切傾ける思いでやってきた。けれども、彼らの星占いの知識によっては救い主の許に辿り着くことはできなかった。なぜなのか。それは、その救い主が、神の子であったからです。その救い主は、神からのわたしたちの救い主であったからでした。だから学者たちは、ただ星の導きでなく、とりわけ、神の言葉を聞きそれに導かれて、その救い主に出会わなければならなかったのです。神の救い主、そのみ子に出会うそれは、神の言葉による、すなわち信仰によることだからであるのです。
 星を見失い道に迷ってしまったかのような時に、神の言葉が学者たちに聞こえてきました、与えられてきました。そうして初めて、神の救い主への道が開かれたのです。神の言葉をいただいて始める歩みは、信仰の歩みです。学者たちはそこに踏み込んだ。そしてその時に、その時に、あの星、見えなくなっていた東方で見た昇り行くあの星が、彼らの目に、信仰の光で、さやかに煌めいたのです。「東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。」
 クリスマスの出来事は、わたしたちの、このわたしの救い主が神から与えられ、その方がこのわたしたちの間に生まれてきてくださったことです。期待が現実になったことです。闇のまだ深いこの世界に住む、わたしたちのこころを今日もよぎるその救い主を求める思いは、この占星術の学者たちの物語と同じではないだろうかと思うのです。

in Christ.

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