西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇聖書の言葉 ]Z

3月の聖句

2月の聖句へ

文:滝瀬 一 副牧師

「そのとき、イエスは言われた。『父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。』」

    ルカによる福音書第23章34節

 2月21日に灰の水曜日と呼ばれる日を迎えて、その日を分水嶺にキリスト教会は、降誕節からレント、受難節へと期節の歩みを移しています。降誕節は、その字の通りに聖書の神の子イエス・キリストのこの世界での誕生を記念する期節です。そしてそれを過ごすとすぐに教会は、レントという、キリストの十字架の苦しみを深く偲ぶ歩みに入ります。わたしたちすべての者のためのキリストの苦しみを極みまで尊ぶのです。ただ不思議なことと思います。要するに教会は、キリストの誕生を記念したかと思うと、直ちに、彼の苦難にそのこころの思いを向けるわけです。
 教会で今日も大切に守られているキリスト信仰を明言する言葉の一つに、使徒信条があります。そこでもやはり、「主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ」と言い、主キリストの誕生にすぐ続けてその苦難を描きます。誕生に続けて、その誕生という本来は大きな祝福と喜びである出来事さえもそれにすっかり覆われてしまうように、苦しみの様子がひたすら語られる。そうならざるを得ない。その生涯は苦しみに覆われ痛み続けるものであった。そう言い表す他ないのがキリストのご生涯であったというのです。
 その苦難の生涯の頂点であるあの十字架の死。そしてその時に、そのご生涯をよく示すものとして、キリストは幾つかの言葉をお語りになったように思います。それをキリストの十字架上の七つの言葉と言います。上記の、「『父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです』」、これもその一つです。
 わたしたちは誰もが幸いを求めています。もちろん自分自身の幸いを望むだけでは済まない。それも分かっています。愛され、むしろ自分も自ら愛して、生きたいと願っています。そうではないでしょうか。わたしたちは皆共に善く、幸いに、愛に生きるものです。それが自然なことです。そして、そのわたしたちに神がみ子、救い主キリストを通じて示されたのが、「『父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです』」、このことです。そう、わたしが今もなお不自然で、立つべきところに立っていないそんな筋違いな生き方をしてしまっている、そんな自分を正当化している、そこにある悲しみ、決して幸せになることのないそのわたしの生活の言葉を、キリストはその苦難の十字架の死において、わたしの代わりに、わたしのために、祈ってくださいました。わたしたちは知らず、キリストはただお独り、わたしたち一人ひとりの不幸の罪の重荷をそこで担い、耐えてくださったのです。ご自身の血を流し、その死を代償にしながら。神のみ前にそれを差し出しながら。
 教会は今日もひたすらに、このキリストのお姿を、聖書の救いの物語を、この世界に知らせ続けています。それが唯一、わたしたち教会の働きです。
 

in Christ.

TOP
mail:nishichiba@church.jp
Copyright (c) NISHICHIBA CHURCH. All Rights Reserved.