西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇聖書の言葉◇

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文:伊藤 智 副牧師

「わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。」

    Tコリント15章49節

 復活する生とはどのようなものであるかということは誰も知り得ません。しかし、なんとかして知りたいと思うものです。使徒パウロは、コリントの教会へ書き送った手紙の中で、復活の体について詳しくのべました。パウロは、霊的で朽ちることのない栄光の体のことをのべました。パウロは、からだという言葉を、それを生体的な肉体ではないことをはっきりさせながらも、何度も何度もからだという言葉を使おうとしました。そのことは、福音によって約束されたよみがえりとはまさしく、からだのよみがえりであることを意味しているからです。
 わたしがかくかくしかじかこのような人に出会ったといった時、わたしがその人に出会ったこと、それは、彼の存在、人格を完全に確認できる。彼のことが、はっきりと分かるということなのです。
 かくてプラトンは魂の不滅性という、魂が肉体という牢屋から解放され、彼方の世界にもどっていくということを考えました。また、東洋の思想によれば、存在を消滅した故人は、抽象的な非人間的な世界、幻想的な世界に融合されて生きると考えられました。
 復活のからだとは、キリストの復活において分かるのです。死において、わたしたちよりも先立っていった人々がどこにいるのかという問い、死後の再会という問いについても、キリストの復活から答えられなければならない。ある神学者は、「確かにそのような互いが再び知り合うという再会が起こるといいます。それは、どこかで、いつかというのではなく、イエス・キリストが待っていてくださるその場所で、出会う」といいます。
 イエス・キリストが待っておられる場所とは、教会です。教会に生きる者たちは、キリストの復活を信じ、キリストの再臨の希望の光の中を歩んでいます。このように生きる群れを、「天に属している群れ」と呼びます。わたしたちは、この「天に属している群れ」において、再び出会い、再びお互いを知り合えるのです。

in Christ.

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