西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇聖書の言葉◇

10月の聖句

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文:伊藤 智 副牧師

「わたしを記念してこのように行いなさい」

    コリントの信徒への手紙T 第11章24−25節

 わたしたち西千葉教会が属する日本基督教団では、10月の第一日曜日を世界聖餐日と定めています。この日、世界中のキリスト教会が教派を超えて、礼拝式で聖餐を祝います。なぜ、こうしたことが起こったのかといいますと、第二次世界大戦で分裂を味わった世界中の教会が、聖餐を通してキリストにある交わりを確かめ、全教会の一致を願い求めて呼びかけたのが始まりでした。
 聖餐は、主イエスが弟子たちに、「わたしを記念してこのように行いなさい」(Tコリ11:24〜25)と命じられたことに基づいて行われています。キリスト(救い主)を記念する聖餐は、何よりもまず、聖餐を定めてくださった主イエスがその食卓で行われた行為そのものを記念するのです。聖餐式は、キリストが十字架にかけられる前夜、最後の晩餐で弟子たちの前で行われた行為を記念し、なぞって行われているのです。その晩餐で主イエスの行われた行為は、「パンを取り」「感謝(または讃美)の祈りをささげ」「それを裂き」「与えられた」でした。主イエスは、弟子たちに「わたしの記念としてこのように行いなさい」と命じられました。
 一つのパンが裂かれるとき、わたしたちは、そこに何を見るのでしょうか。使徒パウロは、「わたしたちが裂くパンは、キリストの体にあずかることではないか。パンは一つだから、わたしたちは大勢でも一つの体です。皆が一つのパンを分けて食べるからです。」(Tコリ10:16〜17)と教えます。聖餐のパンが裂かれるとき、教会はそこに、キリストがご自身の体にわたしたちを結びつけ、交わりの一致を実現してくださる、そのことを見るのです。
 そのことと共に、教会は、聖餐のパンが裂かれるとき、そこにキリストご自身の御体が裂かれたこと、キリストが血を流されたことを、見るのです。わたしたちの罪を贖うために十字架の上でキリストがご自身を死に渡されたことを、見るのです。ヘブライ人への手紙は、キリストが、御自身をいけにえとして献げて、わたしたちの罪を贖うための血を流してくださったのだと語ります。わたしたちは、キリストがその血をもって贖ってくださらなければ赦されない罪を、自分が犯してきたことを見ないわけにはいきません。
  また、「キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、ご自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。」(28節)。
 パウロは、聖餐制定の主の御言葉を伝える中で、「だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです」(Tコリ11:26)と告げています。
 聖餐にあずかる時、わたしたちは、キリストが、再び私たちの前に現れて立ってくださることを心待ちにしながら、パウロが語るように、血の贖いを心に刻みつつ、主の死を告げ知らせながら今のときを歩たいと思います。
                               

in Christ.

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