西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇聖書の言葉◇

11月の聖句

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文:伊藤 智 副牧師

「 見よ、このような日が来る、と主は言われる。わたしはダビデのために正しい若枝を起こす。王は治め、栄え/この国に正義と恵みの業を行う。彼の代にユダは救われ/イスラエルは安らかに住む。彼の名は、「主は我らの救い」と呼ばれる。」

エレミヤ書第23章5,6節 

1958年11月16日(日)に西千葉に移転にして、52年が過ぎました。この月は第1主日に永眠者記念礼拝、第2主日に創立106周年記念総員礼拝、そして、第3主日に幼児・児童祝福式を行います。対象は、嬰児から小学校六年生までの子供たちです。多くの子供たちが、家族と一緒にこの礼拝に来られることを願っています。
 11月28日(日)には、待降節に入ります。イエス・キリストの御降誕を待ち望む期節となります。この降誕節の一週、一週を救い主を求めつつ過ごしていきたいと願います。
 上に掲げた御言葉は、預言者エレミヤが救い主を待ち望んでいた時に語ったものです。エレミヤは、「主は、われらの救い」という名称をもって救い主を語っています。われらの救いとは、別の言葉で表現しますと神の義、神の憐れみの意味になります。エレミヤが語るわれらの救いとは、神の義・神の憐れみであったのです。
 そんな救い主が、一体どこにいるのか。救い主という言葉は抽象的だと言えばそうなのですが、エレミヤは、神の救い、神の義が、誰に現れるのかをさがし求めていたのです。
 神の義と神の憐れみは、まさに十字架の主イエスキリストにあらわれたのです。十字架において示されたことは、神が人間によって捨てられたということでした。しかし、神の御子は人間に反撃することはなかった。それは、神の義しさではないからです。しかし、神はそこにあり続けておられるのです。
 人が、神などいない、神なんて信じない、そう断言しても神は、わたしたちに共に居続けてくださるのです。わたしたちの生を根底から支え続けていて下さるのです。神は、わたしたちの近くにいます方です。そして、すべてを満たしてくださる方なのであります。

in Christ.

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