西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇聖書の言葉◇

5月の聖句

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文:伊藤 智 副牧師

「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方はここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」

マタイによる福音書第28章5−6節

 4月24日の日曜日にイースター(復活祭)を迎えました。
 マタイによる福音書が記す主イエスの復活の出来事は、二人のマリアが墓を見に行こうとしたときに、大地震と共に神の御使いが現れたのでした。墓を見張っていた番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになったのです。
 主イエスの復活の出来事とは、いかにも救いらしい事が起こったのではなかったのです。天変地異が起こらず、美しい天使が舞い降りて来て、イエスをよみがえらせたというのではなかったのです。
 恐ろしい出来事が起こったのです。そして、マタイは、この神の出来事に直面した人々は、神の救いが分かった。そこに神への信仰が生まれたとも語っていません。
 稲妻のように輝く天使は、「恐れることはない」といわれたのです。「十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方はここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」。
 十字架につけられ死んだ主イエスは、墓にはおられないというのです。かねて言われていたとおり、復活させられたのです。婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。婦人たちは、天使から聞いた言葉を恐れながらも大いに喜びながら聞いた。すると、行く手に主イエスが立っていた。
 神の救いは、わたしたちの想定内に起こる出来事ではないのです。わたしたちの想定をはるかに超える仕方で起こるのです。恐れながらも大いに喜ぶ出来事であるのです。わたしたちの行く手に復活なされた主イエスが、立っておられます。わたしたちを迎えるようにして、主イエスの方から来られるのです。恐れることはありません。主イエスは、死に打ち勝たれたのです。

in Christ.

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