2月の聖句
文:伊藤 智 副牧師
「周囲に光を放つ様は、雨の日の雲に現れる虹のように見えた。これが主の栄光の姿の有様であった。わたしはこれを見てひれ伏した。」
エゼキエル書第1章28節
場所は、異教の地バビロンにおいて神がその姿を現された。イスラエルの民は、捕囚としてバビロンに置かれていた。神は、祭司の子であるエゼキエルを預言者として、召し出した。エゼキエルの名前の由来は、「神は強める」である。
神は、人間を強める方なのである。そして、祭司であるエゼキエルは、その職責において、神の顕現、を繰り返し語り続けた。それは、いわば神は、われらと共にいたもう、インマヌエルでありたもうということを語るのである。
神は、この現実に、この歴史に現れた。ユダの民にとっては、異教の地、捕囚の地、絶望の地において、神が現れた。そして、冒頭の言葉は1章最後の言葉であるが、虹という言葉が使われている。わたしたちに、あの創世記の契約の虹を思い出させる。あの虹は、神が再び人間を絶滅させないという誓いであった。ここでも、そのことが暗示されているのである。すなわち、バビロン捕囚は神の裁きであったが、二度とこのような裁きを行わないという契約であるともいえる。わたしたちは、この神の救済の歴史を忘れることなく、心に刻みたい。
in Christ.