西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇「天国へ行く道」◇

2015年11月1日永眠者記念礼拝

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「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。

ヨハネによる福音書14章1節〜6節


 本日は御遺族の方々をお迎えして2015年度の永眠者記念礼拝をささげることができ感謝致します。御遺族の皆様には神さまのかえりみと慰めが豊かにあるよう祈ります。
 さて本日の説教題を「天国へ行く道」としました。この題を見るとジョン・バニヤンの「天路歴程」という本を思い出す人がいるかも知れません。17世紀の後半に書かれた本ですが、キリスト教の古典文学では最も多くの人に読まれた本の一冊だと言われています。クリスチャンという主人公が様々な誘惑や妨害に遭いながらも天国を目指して旅をするという物語です。いわば「旅」をする本です。
 しかし、本日の説教題はちょっと見ると似ているようですが天国への旅のお話ではありません。天国へ行く「道」のお話です。
 先程読んだ聖書の箇所には良く知られた言葉が書かれています。一つは1節から4節までで、これは葬儀の時よく読まれるのでおぼえておられると思います。
 もう一つは6節の「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」というイエスさまのお言葉で、これは有名です。皆さんの中にもこの言葉を愛誦聖句としている方がおられるのではないかと思います。
 中でも「道」という言葉は日本人の好む言葉です。柔道、剣道、合気道。空手や相撲も空手道とか相撲道などと言います。野球まで野球道などと言う人もいます。茶道、華道、香道、孝道などもあります。物事には真髄とか奥義があってそれを訓練や修行を通して極めていくといった世界であります。単なるスポーツとか単なる芸事や趣味ではない、もっと深い境地に達するための探求とか求道といった感覚です。
 そうするとこの言葉は「キリスト道」とでも言いましょうか、イエスさまを理解することによってキリスト教の根本や神の真理を悟り極めることができるというような意味になるかと思います。
 ある注解書には「イエスは神に所属し、神のみが与えることのできる真理と命そのものであるからこそ、イエスの父である神に至る唯一の道なのである」と書かれていました。成程その通りだと思います。
 しかし、私自身も実はそうだったのですが、この有名な言葉を、そしてそれだけで深い意味をもつ言葉であるが故に、前後と切り離して読むのではなくその前の内容と関連させて読む読み方もあるのではないかと思いました。
そうするとその前のところには13章で弟子の裏切りや否認により、敵方に売り渡され、弟子たちのもとからいなくなってしまうと言われて、不安と動揺の内にいた弟子たちに主イエスが慰めに満ちた約束をしておられることが記されています。「父の家には住む所がたくさんある。……行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える」。つまり、主イエスが亡くなられるのは天国に行って弟子たちのために天国に場所を用意して下さるためだと言われるのです。そして「その道をあなた方は知っている」とおっしゃるのですが、トマスは「主よ、どこへ行かれるのかわかりません。どうしてその道を知ることができるでしょうか」と言いました。それに対する答えとして6節の言葉が語られるのです。
 ですから、「わたしは道である」とおっしゃる道は天国への道だということになります。イエス・キリストは私たちにとって、この世と天国を結ぶ道であると言われるのです。そして「わたしを通らなければだれも父のもとに行くことができない」とも言われます。「父のもと」は「父の家」(2節)です。そしてそれは父なる神の国、すなわち天国です。その天国へはイエス・キリストという道を通らなければなりません。道を通るということはその道の上を足をふみしめて歩んで行くということです。そしてわたしが踏んで行く道、「その道」(4節、5節)とは十字架と復活によって開かれた道です。主イエスは十字架の死によって、罪ある私たちが、赦されて神のもとへ行く道を開いて下さいました。また、私たちの初穂として(Tコリント15章20節)復活され、私たちにも死から復活して永遠の生命に生き、天国に入る道となって下さいました。これが「わたしは道である」とおっしゃった道であります。即ち天国へ行く道であります。
 この道である主イエスを通って(信じて)神の国を目指して歩む者となりましょう。

文:木下宣世牧師

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