西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇「神を讃美する群れ」◇

2015年12月20日 クリスマス特別礼拝

「今月の説教」リストへ


 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、
 地には平和、御心に適う人にあれ。」
 天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

ルカによる福音書2章8節〜20節


 クリスマスおめでとうございます。救い主イエスさまのご降誕の恵みが皆様方おひとりびとりの上に豊かに宿るよう心からお祈り申し上げます。この日を前にして去る14日の月曜日夜、佐藤愛伝道師が無事女のお子さんを出産されました。クリスマスの喜びが二重になったような気がして喜びました。
 ところが、その3日あとの17日木曜日に、ヨルダン会の篠崎郁三兄が買物に行った帰り心臓発作によって突然亡くなられました。
 昨年も丁度同じ頃、吉田和子姉が急死され、私たちはそのことを想い出していたところでした。
 まことに悲喜こもごもといった状況の中で今年もクリスマスを迎えた次第です。私たちの人生は思い通りにならない。喜びの時もありますが思いがけない苦しみや悲しみに見舞われることがあります。私たちの世界もまた同じで、なかなか願い通りにはなりません。政治的にも経済的にも平穏で恵まれた状態ばかりではない。むしろ困難や不幸な出来事の方が多く起こるような気が致します。いつの時代でも問題が山積みしています。
 そのような中で今年もクリスマスを迎えました。
 クリスマスは喜びの祭りです。しかし、クリスマスは幸いな人のためだけの祭りではありません。苦しんでいる人、悩んでいる人、悲しんでいる人、全ての人々に与えられた祝祭です。世の中が平和な時、豊かな社会でだけ祝われるのではありません。暗い時代にも、希望が持てないような社会にもクリスマスは来るのであります。
 イエスさまがお生まれになった最初のクリスマスの時もそうでした。決して明るい希望に満ちた時代ではありませんでした。多くの人々の暮らしは貧しく、苦しかったのであります。支配階級の人は豊かで、富んでいたかも知れませんが庶民は、搾取され、圧迫を受け、全くその日一日を食べていくだけで精一杯の人生でありました。
 今日お読みした羊飼いたちはまさにその象徴のような存在でした。ユダヤ社会にあって一番下積みの階層であったのです。ベツレヘムの町に住む人々はたとえ豊かでない人でも一応雨露をしのぐ家の中で寒さや危険から守られて夜休むことができました。身近な所に水を汲む井戸があり、物を買う店もありました。しかし、羊飼いたちは毎晩野宿です。いつ獣や盗賊に襲われるか分からない無防備な状態で危険にさらされていました。町の人々からは疎んじられ、一段下に見られていました。家畜は生きものですから、常に目を離すことができません。安息日だからといってシナゴークにいって礼拝もできないし、安息日律法を守ることもできません。そのため、神さまの恵みからは無縁な者とさげすまれていました。
 ところが、その羊飼いたちに主の天使が現れ、栄光がまわりをまばゆく照らし出したのですから、彼らが恐れたのは無理もありません。しかし、天使は彼らに驚くべき知らせを告げました。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大いなる喜びを告げる。今日ダビデの町であなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそメシヤである」という知らせです。特に「あなたがたのために救い主がお生まれになった」という言葉です。そして、その救い主が「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている。それがあなたがたへのしるしです」というのです。これは住む家をもたない羊飼いたちの子どもと同じ姿です。まさに、救い主が天から降って世の中の一番底辺まで下りてくださったということであります。
 すると突然この天使たちに天の大群が加わり、賛美が始まりました。この「天の大群」はここで非常に大きな役割を果たしたと思います。これがなかったら羊飼いたちはイエスさまを求めてベツレヘムに行かなかったかも知れません。彼らは天使のみ告げに確かな保証を与えました。1人の天使が「救い主がお生まれになった」と言うだけでは半信半疑だったかも知れない。しかし天の大群の賛美を聞いて羊飼いたちは否応なしに納得したと思うのです。まるで天が下りてきた、又迫ってきたかのように感じたのではないでしょうか。
 だから彼らは天使たちが離れて天に去った時、うながされるようにして「さあベツレヘムへ行こう」と互いに言い合ったのです。
 もう一つ、天の大群の賛美が果たした役割がある。それは、20節で「賛美しながら帰って行った」とあるように、羊飼いたちが賛美をし始めたのであります。今日の箇所で「賛美」という言葉は2回出てきます。一つは13節「神を賛美して言った」。そして20節の「神をあがめ賛美しながら帰って行った」。似ています。羊飼いたちは天使の賛美にならった。真似たと言ってもいい。羊飼いたちは変えられたのです。賛美する群れに変えられたのです。
 シナゴークに行けなくてもいい。ましてエルサレム神殿にもうでなくてもいい。ベツレヘムの野で神を賛美する群れが生まれたのです。すばらしいことではありませんか。天には神を賛美する天使の群れがいる。地にもそれに呼応するかのように自分たちの生活の場で生業いをたてる場で神をあがめて賛美する群れがいる。
 羊飼いたちは変えられたのです。もう自分たちの貧しさ、自分たちへの差別、圧迫を嘆くだけではない。自分たちの不幸に押しつぶされて希望をも失ってしまうのではない。賛美することをおぼえた。賛美する喜びを知ったのです。自分たちのような者とも神は共にいて下さるということがわかった。その喜びがクリスマスの喜びであります。
 「主の慈しみに生きる人々よ。主に賛美の歌をうたい、聖なる御名を唱え感謝をささげよ。」これは私たちに与えられた年間主題聖句です。ここでも主なる神を賛美することが求められています。私たちは何故賛美出来るのでしょうか。自分が主なる神の慈しみ、ご慈愛によって生かされていることを知ったからです。クリスマスは神さまから私たちに対する愛が最も具体的、かつ鮮明に示される時です。羊飼いたちのように私たちも神を賛美する群れとなりましょう。

文:木下宣世牧師


TOP
mail:nishichiba@church.jp
Copyright (c) NISHICHIBA CHURCH. All Rights Reserved.