西千葉教会 日本キリスト教団 西千葉教会


◇「降誕の知らせ」◇

2017年12月3日 待降節第1主日

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 六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。

ルカによる福音書 1章26節〜38節


 2017年の待降節(アドヴェント)を迎えました。教会の暦では今日から新しい一年の歩みが始まることとなっています。
 しかし、現実には私たちにとってはこの日からクリスマスに向けての備えが始まるという方がぴったりくる感じがいたします。
 昨日はクリスマス委員の方々、さらに有志の方々も加わってクリスマスの飾り付けがなされました。いよいよクリスマスが近づいたと感じさせられます。今年もクリスマスの恵みが皆様の上に豊かに降されるよう祈ります。
 さて、今日は受胎告知と呼ばれている箇所を読ませていただきました。この箇所の主人公は何と言ってもマリアさんで、特に彼女が38節で述べた「わたしは主のはしためです。お言葉通り、この身に成りますように」という言葉が最も私たちの胸を打ち、いわばこの段落のクライマックスと言うことができるでしょう。
しかし、今回は少し視点を変えて天使がガブリエルの語った言葉に重点を置いて読みたいと思います。それはイエス・キリストの誕生が旧約聖書の預言の成就であるということについてです。
 つまり、救い主であられるイエスさまの誕生は何百年も前から、預言者たちが語ってきたことであるということです。それは当然というか当たり前のこととして皆が知っているわけですが、そこに神さまの遠大な救いの御計画が存在していることを知らされ、心強められる思いがするのです。神さまの救いの歴史の存在です。
 もしかしたら、今年は宗教改革500年の年で教会の歴史について学んできたことの影響かも知れません。
 そういうわけで今日注目したいのは32節と33節そして35節の言葉です。どちらかというとこれまでマリアの言葉程には注目してこなかった言葉です。
 32、33節の言葉に近い言葉が記されている箇所はサムエル記下7章13、16節です。「この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。」「あなたの家、あなた王国はあなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる」。これは預言者ナタンがダビデ王に語った神の約束です。ですから具体的にはダビデ王朝がいつまでも繁栄するという政治的、この世的な預言なのですが、そこから救い主メシアはダビデの子孫から生まれるという信仰につながり、この世的なダビデ王朝の繁栄から神の国の到来へと発展していくわけです。
 さらにイザヤ書の9章5節の「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる。」という預言も35節の「だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる」という御言葉の背景になっていると言えると思います。
 私たちがこの箇所を読む時、布にくるまって飼い葉に寝かされているみどり子イエス様のことを思うと、特に32b〜33節などは違和感をおぼえます。しかし一方においてイエスさまは神の独り子であり、子なる神であり、十字架の死によって罪を贖い、罪に打ち勝ち、私たちを罪から解放してくださり、死を打ち破って復活され、父なる神によって高く上げられ、あらゆる名にまさる名を与えられ、すべての舌が主であると告白する方でもあることを考えると、これらの旧約聖書の預言はまさにイエス・キリストを指し示し、イエス・キリストにおいて成就したと言うことができるのであります。そして何百年もの年月を貫いて神の救いの計画はおし進められ、ついに主イエスの誕生によって具体化し、実現するのです。しかも、それだけでなく終末の日までその業は進み、最終的には再臨の時に完成するのであります。37節でガブリエルは「神にできないことは何一つない」と言っていますが、これは神の語られた言葉は必ず成就する、という意味だそうです。つまり、神の御計画は必ず成就するということです。マリアはその神さまの語られた言葉、神の御計画がこの身に成りますようにと答えたのです。まさに恵まれた人であります。わたしたちもマリアのように神さまの御計画の一端を担うものとなりたいと思います。

文:木下宣世牧師


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