9/14(りう)
「ほ・本当に、こんなに小さな穴から入るのっ?」
「はい。」
たるとちゃんの容赦ない返事が返ってきた。
この島に着いてから、この世の地獄かと思わせるような風景の中を私達はしばらく歩いてきた。あたりには大きな岩がごろごろと転がっており、地面は砂に覆われ、木は枯れ果てていた。
その岩と岩の隙間に、その道らしきものはあった。
「これじゃぁ、独りずつしか入れないわね・・・」
私の不安そうな顔を察したのか、たるとちゃんが、自分が先頭で入ると申し出てくれた。そして、中は迷路のように複雑に入り組んでいますから道案内役として、と付け加えて。
穴に入る順番は、たるとちゃん、聖美さん、めうちゃん、みう、私、優希くん、瑛緋さん、という順番で決まった。列の前後には、アクアの特殊部隊で固められている。
「じゃぁ、ちゃんとついてきて下さい」
たるとちゃんが、ほとんど四つん這いのような格好をしながら、穴の中に入っていった。
「剣が邪魔だわ」
その後に続く聖美さんも、腰に帯(お)びている長い剣が上手く穴の中に入るように工夫しながら、たるとちゃんの後に続いた。
「みうちゃん。ちゃんと私についてくるのよ。ね」
めうちゃんがそう言うと、みうは「ぴょんっ」という元気の良い声で答えている。
その後に私。優希君。瑛緋さん。
私達は、縦一列になる形で穴の中を進んでいった。アクアへと続く道を。
「ねぇ、みう。あとどのくらいでアクアにつくのか聞いてくれない?」
私の前を四つん這いで行くみうに話しかけてみた。あたりは真っ暗で、声を掛け合わなければ何処に誰がいるのかさえもわからない状況だった。
「ねぇねぇ、あとどのくらいでアクアにつくのぴょん?」
・・・・・・。
返事が無い。
「めーうーちゃーんっ。あとどのくらいでアクアぴょん?」
・・・・・・。
も・もしかして・・・。
「ねーねー、りうちゃん。なんだか・・・ね、めうちゃんが何処かに行っちゃったみたいぴょん・・・」
「ちょっと・・・冗談もほどほどにしてよね」
どうやら、みうは、前を行くめうちゃん達を見失ってしまったらしい。そう、ぞくに言う迷子ってやつ。
「どうしよう・・・」
悩んだって仕方ない。ここは、元アクア特殊部隊だった優希君達に聞いてみるしかない。
「ねぇ、迷子になっちゃったみたいなんだけど、アクアってこっちの方向でいいのかしら」
・・・・・・・・・・
嘘でしょ。
私の後ろには、まったくといっていいほど優希君達の気配が無かったのだ。
私達は、完全に迷子の子猫ちゃんになっていた。いや、子猫ちゃんじゃなくて、迷子の愛さちゃん。
そんなこと、もう、どっちでもいい気分になっていた。
(優希)
気がつくと、前を行くりうを見失っていた。
「瑛緋・・・俺、みんなとはぐれたかもしんない。」
「おい」
瑛緋のまれにみるつっこみ。
「まぁ、俺がアクアのおおまかな方向を知っているから気にするな」
そう続けると、確かこっちの方角だな、と瑛緋は道案内をしてくれている。
いったい、いつみんなとはぐれたのだろうか。
俺は瑛緋が道案内をしてくれている最中、そんなことばかり考えていた。
どのくらい、時間がたったのだろうか。
「おい、何かへんな音がしないか?」
瑛緋の突然の問いに、俺の全身はまるで電気が走ったようにその動きを止めた。
瑛緋があたりに神経を研ぎ澄ませているのがわかった。俺も、すかさずその音を探した。
ゴゥン・・・ゴゥン・・・
「なんか、向こうから聞こえてくるな・・・」
俺達は、その音の方向に向かって少し速度を上げて進んだ。もしかしたら、みんなもそこにいるのかもしれない。
しばらく進むと、真っ暗で狭い穴の向こう側から、小さな光りがさしているのが分かった。
「もう少しだぞっ」
俺達は前へ前へと進んだ。
「おい。なんだよ、ここ」
そこは、今までにみたこともない場所だった。アクア特殊部隊に入って間も無い俺だったが、それ以前からもアクアで日々鍛錬を積み重ね、それなりにアクアを知っているつもりでいた。
が、しかし。
その時だった。
「ぺたっ・・・ぺたっ・・・」
何処からともなく、足音が俺達の方へと近づいてくる。
「やばい匂いがする。いったん退こう」
瑛緋が言った。
「行くに決まってるだろ!」
心とは逆に、勝手に体が動いていた。
きっと、この先に行かなければ、卯階堂のところまでたどり着くことは出来ない。行くしかない!
「おいっ、優希!待てよっ」
恐怖で身が震えるのを、ただ俺は、力いっぱい目の前へと進むことで押さえ込んでいた。
前に進まなければ。
ただ、俺は焦っていたのかもしれない。卯階堂を倒す、という目的のために。
(めう)
「やっと、ついたみたいね」
聖美さんは、服についた埃(ほこり)を払いながら言った。
「あ・・・れ・・・?」
なんだか、たるとちゃんの様子がおかしい。
「どうしたの?たるとちゃん」
たるとちゃんの目線の先には、とても不思議な光景が浮かんでいた。
この薄暗い部屋の中で、筒状の透明の容器に入った緑色をした液体が泡をたてながらその中で漂っている。それは微かに光りを放っていて、私達のまわりを静かに照らしていた。私達の顔が、緑色に反射している。
「こんな機械・・・見たことないわ」
聖美さんにもわからないようだった。
「道・・・間違えたのかもしれません」
「あらあら」
でも、まぁなんとかなるかな。
きっと、こんな状況でもこんなに気持ちにゆとりを持てるのは、みうちゃんがいるからかもしれない。みうちゃんにはどこか、そんな不思議な雰囲気があった。
「みうちゃん?」
私は、振りかえった。みうちゃんは、この状況をどういう風に思っているんだろうか。もしかしたら、何かおもしろい回答が聞けるかもしれない。「これ飲めるのぴょん?」とか。しかし・・・
・・・っ!
その瞬間、私は何にも言えなくなってしまった。
「みんな・・・みうちゃん達がいないの」
「えっ!?」
きっと、私達の顔はとっても怖かったに違いない。だって、こんなにびっくりしている顔を、緑色に照らされているのだから。
(りう)
「りうちゃんっりうちゃんっ!こっちに部屋があるのぴょん!」
心細かったのだろう。みうはやたらにはしゃいでいる。
狭い穴を抜けた先には、両脇の壁一面に棚の置かれた、不思議な長方形の部屋へと辿り着いた。棚には、透明な容器がずらっと並べられている。
「めーうーちゃーんっ!何処にいるのぴょーんっ!」
天井からは、蛍光灯の光りが辺りを薄暗く不気味に照らしている。
薄暗くて先があまり見えない部屋の奥からは、なんの返事も返ってはこなかった。
「とりあえず、先に進みましょ。もしかしたら、めうちゃんとも遭遇できるかもしれないしね」
不安な表情を浮かべるみうに、安心できるようにやさしく微笑んだ。
「んぴょん・・・?この小さいの、何なのぴょん?」
突然、みうがとある小さな容器に入っている物体を見つめて言った。
「うーん・・・」
私にもよくは分からなかった。
「愛さに似てない?」
みうの問いに、私は驚いた。
『愛さに似てない?』
透明な容器の中をよく見てみると、そこにはとても小さな形をしたウサギのようなものが入っている。
もし、みうが言ったことが本当なのだとしたら、これが私達の創られた過程ということになる。
そんなこと・・・。
「それよりも、早く先に進みましょ」
私はみうを半(なか)ば強制的に先へと促(うなが)した。まるで、自分をそう言い聞かせるかのように。
(優希)
目を疑った。
「お・おい・・・なんだよこいつ!」
俺はたじろぎ、それ以上一歩も足を動かすことが出来なかった。
「もっぱら、卯階堂がつくった化け物だろ」
後ろから追いついてきた瑛緋は背負っていた矢を右手で引き抜き、その化け物に狙いをさだめた。
キリキリキリ・・・ッ
瑛緋のその太長い矢は、今にも相手の顔めがけて放たれそうだった。
瑛緋の弓は百発百中。狙われたら最後。その先にあるのは、地獄よりも深い永遠の苦しみだ。
俺は、早くその矢をこの目の前にいる化け物に向け放(はな)ってくれることを祈った。
その時だった。
キリキリキリ・・・ッ
瑛緋とは逆の方向から、弓を引く時に出る摩擦音が聞こえてきた。
俺は振りかえった。
そこには、化け物が瑛緋と同じ形をした弓を、まるで瑛緋を鏡で映し照らしているかのような格好で狙いを定めていた。
「・・・っ!」
瑛緋の顔が、蒼白に染まっていた。
「どうしたんだよっ、早く放てよ!」
俺は叫んでいた。
「どういう・・・ことだ?」
瑛緋がこんなに取り乱す姿を見たのは、はじめてだった。
「瑛緋!どうしたんだよっ!」
俺の叫んでいる声は、瑛緋に届いているのかどうか分からなかった。
「お・お前・・・翡翠(ひすい)か・・・?」
「懐かしいな。友よ」
化け物が、答えた。瑛緋の問いに。
俺は、ただその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
(瑛緋)
俺と翡翠(ひすい)は、昔、アクアの特殊部隊でいつも一緒に行動をしていた仲間だった。
「お前と俺の弓、どっちが狙いが良いか、勝負してみるか?」
翡翠が俺に冗談まじりで言った。
「俺が勝つに決まってるだろ」
俺も、翡翠に負けじと意地を張った。
「じゃぁ、今度の任務で勝負だ」
「のぞむところ」
翡翠と俺は、小さな頃から一緒に弓を競っていた。
いつも何かあるごとに勝負をし、勝っては負け、勝っては負けをくりかえす。
気付いたら俺は、こいつを目指すようになっていた。いつしか二人の間には、信頼というものが深く結びついていたのかもしれない。
とある春の日の午後。
俺が急な用事で手をやいている最中に、手の空いている翡翠だけが次の任務に当てられることになった。
「勝負は、今度な」
「あぁ」
笑顔で交わした約束。
しかし、その今度は、永遠に訪れることは無かった。その任務で、翡翠は死んだのだ。
季節は巡り、また春がやってきた頃。
俺は優希と廊下ですれ違った。
その時、俺は自分の目を疑った。アクアの特殊部隊特有の服を着た男のその眼差しは、翡翠にとてもよく似ていたのだ。
一瞬だけ目があった。その時の優希は、俺を気にすることもなく、ただ廊下の向こう側へと歩いていった。
それ以来、俺は優希のことが気になって頭から離れなくなっていた。
(翡翠と似ている。死んだあいつの目とそっくりだ・・・)
それからしばらくして、優希が任務に当てられることになった。
俺はそれを聞いたとき、ふと翡翠のことが蘇ってきた。
もしかしたら、命を落としてしまうかもしれない・・・。
気付いたら、俺は船に乗りこみ、優希のあとをつけていた。
ただ、あの懐かしい面影を追い掛けているとも気付かずに・・・。
(優希)
「生きて・・・いたのか?」
驚いた顔つきで、瑛緋が化け物に語りかけている。
翡翠と呼んだこの化け物とは知り合いなのか・・・?
「くっくっくっ・・・あぁ。地獄から這い上がってきたのさ」
その言葉を発すると同時に、弓が放たれた。
ヒュン!!!
化け物が放った弓矢が、俺の体の横を通りすぎた。
ドスッ!!!
「瑛緋っ!!!」
その矢は、瑛緋の右肩に突き刺さっていた。
「これでお前は、もう矢を引くことも出来まい」
瑛緋はうつむいたまま、何も言い返さなかった。
「瑛緋・・・っ!」
俺は瑛緋に近寄って、その崩れかけた体を支えた。
「逃げろっ・・・先に進むんだ」
瑛緋は自分に突き刺さった矢を左手で押さえていた。矢の突き刺さっているところからは、血がじわじわと服ににじみ出てきている。
「何言ってんだよ・・・っ!早くしろ!」
俺は瑛緋の肩を強引に持ち上げ、化け物とは反対側に走った。とにかくこの場所から離れることが先決だった。
「逃げても無駄だ。ここで、お前達は、死ぬ」
化け物の声が後ろから聞こえてきた。
「瑛緋っ!あいつ・・・知り合いなのかっ!?」
瑛緋の顔は辛そうだった。この化け物のせいなのか。それとも、矢が突き刺さっている痛みのせいなのか・・・。
「その・・・扉に入れ」
瑛緋が指示した部屋に入った。急いで部屋の鍵を閉める。
「止血剤があるはずだ・・・」
急いで、棚にあった薬を瑛緋に渡した。
瑛緋は、右肩に突き刺さっている矢を強引に引きぬいた。ビュっと血があたりに飛んだ。
瑛緋は止血剤を塗り、そのまわりを歯で引き裂いた服でぐるぐると固定する。
「大丈夫だ・・・優希、あいつは俺がケリをつける。先に行け」
そう言っているものの、肩の傷はそうとう深いはずだった。弓を引くのもままならない状態なのに「先に行け」とは、ある意味、自殺行為だ。
「もうお前、弓を引けないだろうっ。俺があいつを倒す。お前はここに座ってろ!」
頭に血が上っているのがわかった。仲間を傷つけたあいつを許すことは出来なかった。たとえ、その相手が瑛緋の昔の知り合いだったとしても。
「あいつはもう・・・俺の知っている翡翠じゃない・・・あいつは俺が倒す。あと・・・一本なら弓を引ける。そのチャンスをっ・・・くれないかっ?」
今までに瑛緋が俺に対して真剣に頼み事をすることなんてあっただろうか。いや、一度だって無い。
一度なら弓を引ける。そのために、瑛緋のために俺はチャンスをつくってやりたかった。しかし・・・瑛緋の傷は、深すぎる・・・っ。
その時だった。
バキッ!ゴォォオオン!!!
部屋の扉が、勢いよく破られた。
「ここがお前らの墓場だ」
化け物が一歩一歩近づいてくる。
瑛緋は必死になって矢を手にし、それを化け物に向けた。
その瞬間、俺の体が勝手に動いていた。
化け物の斜め右から、剣を振り上げていた。化け物は後ろに飛び跳ね、瑛緋との間にはある程度の距離が出来た。
今だっ!矢を射るのなら今しか無い!
しかし、無常にも瑛緋は矢を射ることは出来なかった。肩の傷がそれを邪魔したのだ。
「所詮、その程度だな」
化け物はそう言うと、弓を瑛緋に向けた。
瑛緋は両手を地面についたまま、動けないでいる。俺が今、瑛緋を助けなければ、瑛緋は・・・っ
気付くと、俺は瑛緋へと放たれた弓を、剣で弾き飛ばしていた。普段ならそんなことは出来るはずも無い。現に、最初に放たれた弓に、俺は反応することさえ出来なかったのだ。
「まずはお前からだ」
化け物が、俺へと襲いかかってきた。
俺も前へと足を踏み込んだ。
化け物の右拳が、俺の左側から勢いよく振り下ろされてくる。俺はそれをすばやく下へともぐりこんでかわし、剣を化け物の左足へと斬りこむことができた。
「こざかしいっ!」
今度は、その空振りした化け物の右拳が、そのまま引き返す形で裏拳となって俺の顔面へと迫ってくる。
俺はそれを剣で防ごうとしたが、体ごと空(くう)へと吹き飛ばされた。
気付くと、俺の視界は天井へと向けられていた。
たしか、こんなこと、前にもあったような気が・・・
そうだ、聖美さんとの手合せで、確かこれと似たようなことがあった・・・。
俺は飛ばされている最中、不思議と聖美さんとのことを思い出していた。
聖美さんなら、こんな相手をどうやって倒すんだろう・・・そう、どんなに強い相手でも倒してしまう聖美さん。俺が一度も稽古では勝てなかった聖美さんがこの場に居れば、こんな奴・・・っ!
その時、ふと、練習試合での聖美さんの姿が脳裏をよぎった。
聖美さんは、いつも着地と同時に俺へと斬りこんできた・・・なら、俺だって・・・あきらめたらそれで終いだっ!!!
俺は体を反転させ、地面に着地したと同時に化け物に剣を突き立てた。
ドスッ!
刺さっていた。自分でも驚いていた。
「小僧・・・っ!」
化け物が怒りの感情をあらわにし、その拳を俺へと振り下ろそうとしたその時。
「じゅうぶんだ」
ドスッ!!!
「瑛緋っ!!!」
瑛緋が両手で握っている矢を、化け物に深く突き刺していた。
「な・・・に・・・」
ズゥゥゥウン!!!
化け物は、地に伏していた。
「これで・・・よかったんだ」
瑛緋の視線は化け物に向けられていたが、その心はどこか遠くを見ているようだった。瑛緋の左手には、その化け物の血で赤く染まった矢が力強く握られていた。
(瑛緋)
あれ以来、優希は何も言わない俺に、ただ黙ってついて来てくれている。
「優希・・・悪いな」
俺は素直に謝った。
「何が悪いんだよ。悪いのは・・・卯階堂だろ?」
本当かどうかはわからない。あれが翡翠だったのかどうか・・・。しかし、あの弓の構えは、特徴のあるあの構えは翡翠そのものだった。一番近くで見てきたのだ。翡翠の鮮やかで美しい弓を。
「そうだな」
俺はそう言って、優希の肩に腕をまわした。
「弓でやられた肩が痛いんだ。支えてくれないか?」
俺は笑顔で言った。
「しょうがねーなぁ・・・」
優希は、嫌がる素振りをした。だが、俺の腰に手をまわし、しっかりと支えてくれている。
肩の傷がやたらと痛む。しかし、それは傷のせいだけではなかった。
『悪いのは卯階堂なんだ』
優希をそうまで言わせた、俺の不甲斐無さのせいでもあった。
もう誰も、翡翠や俺のような目にはあわせたくない。少なくとも、俺の目の前にいる優希だけでも・・・。
俺を支えている優希の身体は、前よりも筋肉が増え、がっしりとしていた。だが、心はまだ未熟だ。これからの環境によって、どうにでも変化する。
争いが生むのは、怒りと悲しみだけなんだ、優希。
俺は心の中で願っていた。
怒りも悲しみもない、笑顔のあふれる未来へと優希を導いてくれるように・・・。