(りう)
「これって・・・なんなのぴょん?」
アクアに侵入してから、私とみうは上へ上へと進んでいた。
きっと、卯階堂がいる場所はこのアクアの最上部に違いない。めうちゃん達もきっとそこに向かっているはず。
その途中、私達は円(まる)い形をした大広間へとたどり着いた。辺りを観まわしてみると、その部屋の左右からは奇妙な機械が中央へと向けられている。
「わっ!!!」
突然、部屋の中央へと向かおうとしていたみうの足元から、ふわっと機械らしきものが浮き出てきたかと思うと、それはちょうど腰ぐらいの高さでぴたっと止まった。
「何かの・・・操作する機械じゃない?」
駆け寄ってみると、その機械のようなものには数個のボタンが付いている。
ぽち。
「んぴょんっ!!!」
私はびっくりして、少しだけ宙に飛び跳ねてしまった。なんでそこでボタン押しちゃうかな、みうは。
その刹那(せつな)、私達の目の前には大きな画面が映し出されていた。
「わぁ・・・綺麗な場所ぴょんーv」
みうは、その映像に魅入(みい)っていた。
私も、その映像が気になって目を向ける。
――― その映像には、若い二人の男女が手を取り合いながら楽しそうに花が咲き乱れるを野原を駆け回っている場面が映し出されていた。
「何か・・・昔の想い出を録画した映像みたいね・・・・・・それよりも早く、先に進みましょ」
私はみうの手を引いて、先へと足を運んだ。
部屋を出る時、たまたま後ろを振り返った時に見えたその映像には、ざらついた画面以外、もう何も映ってはいなかった。部屋にはその雑音だけが取り残されていた。
(めう)
昔、私がまだあそこにいた頃。
私は毎日のように実験台に座り、それが終ってからは四角い壁に囲まれた部屋で次の実験までのあいだ静かな時間を過ごす、という日々を送っていた。
それでも初めはなんとも思わなかった。そんな生活でも、嫌いでは無かったのだ。
けれど、少しずつ私が大きくなるにつれて、自分が何故ここにいるのかを考えるようになった。
(なんでこんな実験ばかり繰り返すの・・・?私はなんのためにここにいるの・・・?そもそも私って・・・なんなの?)
それは、考えても考えても、決して答えが出ることの無い疑問だった。
そんなことを、どのくらい考え続けたのだろうか。
いつの間にか、私は死んでいるのか生きているのかさえ分からなくなっていた。いや、肉体は生きているけれども、心は死んでいたのかもしれない。
あの時も、暗い部屋で独り目を閉じてぼーっとしていた。
いつものように、私の周りを闇が覆う。それは、永遠に続くかと思わせるかのように、私の心に重く圧(の)し掛かっていた。
(いったい、この闇はどこまで続いているのかしら・・・)
私はその闇を、心の瞳で追ってみることにした。
しかし、進んでも進んでも、そこには何も見えない闇しか存在しない。
(永遠に続いているのかしら・・・・・・それでもいい。所詮、私だって永遠にこの場所から抜け出すことなんて出来ないのだから・・・)
その時、私は気付いてしまったのだ。
「抜け出す・・・?・・・わたし・・・ここから出たいの・・・?・・・わたし、ここから抜け出したいの・・・?・・・そう、私は、こんなところから抜け出したいんだわ!」
その時だった。
心で追っていた闇の先に、突然蒼く広がる風景が私の目の前に広がった。そこには、わたあめのようなふわふわとした白い物体が浮いているのが見える。そしてその横からは、とても瞳では見つめることの出来ないぐらいの強い光が射しこめていた。
(な・なんなのこの光景っ!・・・何がこんなに輝いているのかしら・・・まぶしいっ)
それは後(のち)に、私の唯一の希望となった。
(めう)
「だめっ・・・どこにもいないわっ」
今まで通ってきた道をある程度まではひきかえしてみたものの、みうちゃん達の姿はまったく見当たらなかった。
「どうしましょうか・・・先に・・・進みますか?」
最初に辿り着いた部屋に戻ってきた私達は、その場に立ち尽くしていた。
暗い雰囲気がその場に漂っていた。
「ねぇ。さっきから気になってはいたんだけど、この容器の中に入っている物体・・・愛さに似てないかしら」
聖美さんが、緑色に光る容器に顔を近づけながら言った。
私とたるとちゃんは、その物体を確認するためにその容器に顔を近づけた。
「何なのかしら・・・少しぼやけていて、よく分からないわ」
「いえ、愛さが溶けているような・・・状態だと思います・・・」
その場にいた全員が息を呑んだ。
その時だった。
「ようこそ」
一斉にその声の主の方向へと顔を向ける。
「卯階堂っ!!!」
たるとちゃんが叫んでいた。
「くくっ。久しぶりのご対面なのに、その顔はなんだ。今にも、俺を斬り殺しそうな顔だな」
白衣に身を包んだその男は、微笑んでいた。
「なぜ、ここに!?」
「何故!?くくくっ。それは俺の台詞だよ。なぜ、お前達がこのエネルギー開発所にいるんだ」
聖美さんの問いには答えず、卯階堂はかけている眼鏡(めがね)の位置を左の中指で直しながらそう言った。
「エネルギー開発所・・・?どういうことなのですか?」
たるとちゃんの問いに、卯階堂はまたしても愉快そうに微笑んだ。。
「愛さを原料にした、その名も『ラビエネルギー』。お前達にも役に立ってもらうとしよう」
ラビエネルギー。卯階堂がいったい何を言っているのか、私にはさっぱり訳が分からなかった。
「ラビエネルギーって・・・何のことなの?」
私がそう言った時、はじめて私と卯階堂の目があった。
「懐かしい。生きていたのか。あの時は役に立ったよ。今度もまた、俺に協力してくれ」
「協力する気なんてないわよっ!」
私の気が上がっていくのがわかった。身体の周りにはパチッパチッと電気の火花が飛び散っていた。
「世界で今、化石燃料が不足しているのは知っているな?俗に言う、石油というやつだ。その代わりとなるのがこのラビエネルギー。愛さを原料にした新しい燃料だ」
卯階堂は淡々と語りだした後、再びあの邪気に満ちた笑みを浮かべた。
「死ね」
それと同時に、あたりからぞろぞろと化け物たちが現れてきた。
「卯階堂っ!!!」
そう叫ぶと同時にたるとちゃんの身体が一瞬光り、そしてあっという間に卯階堂が居た場所は深い氷に覆われていた。
しかし、そこにはすでに卯階堂の姿は見当たらなかった。
「とりあえず、こいつらを倒すのが先みたいね」
聖美さんが、腰にある剣をぎゅっと握る。たるとちゃんの身体からも、気が立ち込めていた。
「先に進みましょう!」
私の一声で、みんな一斉に駆け出していた。卯階堂の居ると思われる最上階へ向けて。
(聖美)
「めうさんは、卯階堂とお知り合いだったのですかっ?」
たるとちゃんは、少し困惑気味に言った。
「えぇ。実は・・・」
めうちゃんは、事の真相を話しはじめた。
あの島で、アスラエルという愛さの言っていたことを、めうちゃんは初めから丁寧に伝えている。
その間でも、私達はこのアクアの最上階へと向かっていた。私は周りに細心の注意を払う。化け物はもう追ってこないものの、また新たなる敵が現れるかもしれない。今、私達が進んでいる道は、すでにたるとちゃんが言っていた隊長の確保してくれている道ではないのだから・・・。
「そう・・・だったのですか」
たるとちゃんの沈んだ声が後ろから聞こえてきた。
「でも・・・」
たるとちゃんは続けた。
「ラビエネルギーを、卯階堂は何のために作っているのでしょうか」
私も気になっていた。アスラエルという愛さから聞いた話によると、卯階堂はあの強力な武器を作ったために自分の国を滅ぼされたと聞いている。
「それは私にも分からないの」
めうちゃんも困惑の色を隠せないでいた。
とにかく、もう一度卯階堂に会って直接聞いてみるしかない。何のためにアクアを作ったのか。そして、卯階堂はこれから何をしようとしているのかを・・・。
その思惑(おもわく)は想像できないだけに、私達の心にまるで錘(おもり)を着けたかのように重く圧し掛かっていた。私達の往(ゆ)く廊下には、ただ足音だけが遠く響き渡っていた。
(優希)
「優希、話がある」
突然、瑛緋がそんなことを言うものだから、一瞬たじろいでしまった。
アクアの最上階へ向かう途中、俺はアクア内の空気を管理する大きな換気扇風機が一定の間隔で立ち並ぶ壁沿(ぞ)いに瑛緋を座らせた。不気質に吹く風がなんとなく気持ち良かった。
「話ってなんだよ」
どうやら、瑛緋の肩の血はもう止まっているようだった。
俺は、瑛緋の隣に腰を下ろし、その話に耳を傾けた。
「優希、よく聞くんだ。あの化け物を倒せたのは優希、お前のおかげだ。感謝してる。だがな、お前にあるのは怒りという感情なんだ。それは時に、周りを見失うことになる」
そんなこと、言われなくても分かっている・・・俺だって、分かっているんだ。それでも感情を抑えられない時だってある。
「お前がやれれてたんだぞ?俺があのまま何もしていなかったらっ・・・お前、死んでたんだぞっ!」
声を荒立てる俺に反して、瑛緋は笑っていた。
「優希・・・俺は死ぬことを怖いだなんて思ったことはない。だけどな、怒りにまかせて自分を見失うことほど自分を殺したいと思ったことは無かったよ」
頭を壁に寄り掛けていた瑛緋は、静かにその額(ひたい)を俯(うつむ)き加減にしながら言った。
「翡翠が死んだと聞いたとき・・・俺は自分が抜け殻になったような気がした。・・・つらかったよ。大事なものを失った時の悲しみは、どんなに深い海の底よりも深い」
な・泣いているのか・・・?瑛緋・・・が・・・?
「それを埋めるために、俺は殺したよ。翡翠を殺(や)った相手を・・・でも、その先に待っていたのは、さらに深い悲しみだった」
瑛緋が何を言おうとしているのかが、今少しずつ分かってきたような気がした。
「怒りにまかせて相手を傷つけるな・・・って言いたいんだろ?」
俺は瑛緋の目を強く見つめながらそう言った。
「良い目だ」
瑛緋はたまに、突拍子も無い言葉で俺を驚かせる。
「わかったよ。もう・・・いや、出来るだけ努力するよ」
俺は、瑛緋の肩を持ち上げて、また歩き出した。
(さっきまでは気づかなかったけど、瑛緋の肩ってこんなに小さかったのか・・・)
今までの俺はどうかしていたのかもしれない。
いつもは俺よりもどこかしっかりしていて堂々としていた瑛緋を、こんなにも身近に、そして小さく感じているなんて・・・。
守りたい。どんなことがあっても、俺は瑛緋を、そしてみんなを。
もう、誰も、悲しませることのない未来にするために。
(りう)
「隊長さんの名前は、何ていうのぴょん?」
なんで、こんな得体の知れない怪しい愛さが私達と行動を共にしているのよ。しかも、隊長と名乗る愛さに、みうはもう懐(なつ)いているし。
「チューリップだよ、みうちゃん」
この髭(ひげ)の生えた愛さ・・・怪しすぎるぴょん!
「チューリップって、どこかで聞いたことがあるのぴょん」
「気のせいだよ、気のせい」
気のせいなんかじゃないってば。お花です。お花の名前です。
「副隊長さんは、たるとちゃん・・・隊長さんは、チューリップ・・・」
「たるとって、かわいい名前だろ?俺が名付けたんだ」
趣味だ!この愛さ、趣味でたるとちゃんの名前を付けたんだっ!!!
「さすが隊長さんぴょん!」
みうってば。あんた、どんだけツっこまれれば気がすむのぴょん!
「あたりまえだよ。なんてったって、俺は隊長なんだから」
もう嫌(や)だ、この愛さ。
私とみうは、隊長と名乗る愛さに合流し、その案内で卯階堂の居る最上階へと向かっていた。
私のこの気持ちとは裏腹に、みうの表情は笑顔でいっぱいだった。
(みう)
「ところで、たると達はどうしたんだい?」
「気づくの遅すぎだから!」
さっきからりうちゃんは、ちょっと様子がおかしいみたい。どうしたのかな。具合でも悪いのかな。
「はぐれたのよ」
りうちゃんは俯き加減で言った。
「そうか・・・でも、きっと大丈夫。みんな、卯階堂の居る場所に向かっていると思うからね」
それはみうも思っていたのぴょん。きっと、この先にみんながいる。だから、進むしかないのぴょんっ。
「でもチューリップさんは、なんで隊長さんになったのぴょん?」
「はははっ。もう昔のことだからね。それよりも、早くみんなと合流して、卯階堂の処(ところ)へ行こう」
隊長さんは、そう言うとにっこと笑った。髭の生えた隊長さん。なんだか、とっても暖(あった)かい気持ちがするのぴょん。
でも、今、みう達は、アクアがもう悪いことをしないように、おしおきするためにここに来ている。アクアのみんなを説得して、みんなで楽しく暮らせるように。
そして、チューリップさんはそのアクアの隊長さん。だから、みうはチューリップさんにおしおきしないといけないのぴょん。
「もう、あんなことしちゃめっ!ぴょんっ!」
「悪かった」
チューリップさんは両手を上に挙げて言った。これでいいのぴょん。今度は・・・う・う〜・・・なんだっけ?
「卯階堂が悪いんでしょ?」
りうちゃんが言ってくれたので思い出した。
そうだ、卯階堂さんだっ。卯階堂さんもおしおきしないといけないのぴょんっ。
「おしおきするのぴょん!」
「もう二度と、あんなことを出来ないようにね」
りうちゃんはやっぱり何処(どこ)か具合が悪いみたいだった。なにか、とっても無理しているような、そんな感じがしたのぴょん。
(りう)
「みんな、どうしたのかしら・・・」
卯階堂のところに往(い)く前に予(あらかじ)め隊長さんとたるとちゃんが集合場所として決めていた、という場所に私達は到着していた。
「遅いな」
隊長さんは、到着の遅いみんなを心配して私達のところまで来てくれたらしい。けれど、そこに居たのは私とみうだけ。
てっきり迷子になったのは私達の方だと思っていたのだけれど、迷子になったのは、めうちゃん達の方だったのだ。
「とりあえず、みんなが来るまでしばらく待った方がいいんじゃないかしら」
「そうだね」
みんなが来るまでのしばしの休憩。
私は床に腰を下ろした。その刹那、どっと疲れが押し寄せてきた。
(やだ・・・なんで私、こんなに疲れているのかしら・・・こんなんじゃ駄目!もっとしっかりしなくっちゃ!)
そう思っていた時、不意にみうが私の前に座り込んで、私の顔をじっと見つめてきた。
「やっぱり今日のりうちゃん、なんかいつものりうちゃんとはちょっと違うぴょん」
「何が違うっていうの?」
突然のみうの問いかけに、私の中で微(かす)かに燻(くすぶ)っていた何かが動き出したような気がした。
「だって、いつものりうちゃんはもっと暖(あった)かいのぴょん!」
「今の私は冷たいっていうのっ!?」
あふれる感情を止めることが出来なかった。何が原因なのかは分からない。けれど、この気持ちを開放しなければ、私がどうにかなってしまいそうだった。
「やっぱり、りうちゃん変ぴょん!!!」
「変なのは、みうの方よ!!!」
私がそう言うと、みうは私とは逆の方向へと振り返り、走り出してしまった。
「りうちゃんはここに居て!俺が連れてくるから」
そう言って、隊長さんもみうの後を追って行ってしまった。
(どうして私、みうにあんなこと言っちゃったのかしら・・・)
私の心は、まるで雪に包まれた空気のように独り冷たく震えていた。
いままで暖めてくれていた『みう』という存在を、たった今、失ってしまったのだから・・・。