愛さこい物語 <そして未来へ 編>
 

(りう)
アクアは卯階堂と共に、消滅した。
愛さこい村に向かう船の中で、私達はそれぞれにつくろぎながら、想(おも)い想いに耽(ふけ)っていた。
「終わったのね・・・」
私は素直には喜べなかった。卯階堂のあの言葉が、脳裏から離れなかったのだ。
 ――― 幸せになれ
卯階堂は、私達を恨んではいなかったのだろうか。けれど、それならば、なぜ愛さこい村を攻撃してきたのだろうか・・・
そんな私を他所(よそ)に、その隣でみうだけがベッドの上で熟睡していた。
「みうは本当に暢気(のんき)なんだから・・・」
私がそう言うと、辺りからはくすくすという笑い声が聞こえてきた。
「でも、みうちゃんだって頑張ったわよ」
めうちゃんの発言に、隣に居た聖美さんも「そうね」と笑顔で同意した。
「みうは頑張ったんじゃなくて、ただ・・・」
そう。みうはただ、みんなが一緒になるためだけに一生懸命だったのだ。
みうがあの時に言った言葉 ―――

「一緒に愛さこい村に来るのぴょん」

愛さこい村を襲ってきた相手なのに、みうはその卯階堂を受け入れていた。私は卯階堂を倒すことが当たり前のように思っていたのに・・・・。
私は、みうのことを分かっていたつもりだったけれど、本当は全くと言っていいほど分かっていなかったのだ。
「みうはきっと、みんなを幸せにする天才さんなのよ」
みんなが笑顔になる。
窓から見えた朝陽(あさひ)の昇る海はとても眩しく、それは愛さこい村へと向かう私達の船を歓迎しているかのようにキラキラと輝いていた。
その窓枠の風景は、私の心のすべてを綺麗に癒してくれる。
――― そう、それはまるで、みうの純粋な心を映し出しているかのような美しい景色だったのだから。


(優希)
アクアの崩壊後、俺達は行きに使っていた二艘の船に加え、元アクアの特殊部隊の卵達が乗っている大型船の計三艘で、愛さこい村へと向かっていた。どうやら、隊長があらかじめ避難させていたらしい。その隊長はというと、今はベッドの上でたるとの介抱(かいほう)を受けている。
今回の戦いで、瑛緋も右肩に傷を負った。瑛緋が『翡翠(ひすい)』と呼んでいたあの化け物にやられたのだ。
しかし、本当にそうだろうか。
俺があの時、もっとしっかりしれいれば、瑛緋はこんな傷を負わずに済んでいたのかもしれない・・・俺が弱いばっかりに瑛緋は・・・。
その時、ふと俺の肩に手の置かれた重みを感じ振り返ると、そこには爽やかな表情をした瑛緋が澄みきった朝陽にやわらかく写し出されていた。
「どうせお前のことだから、また余計なことでも考えているんだろう」
もしかしたら俺の心の中は瑛緋に筒抜けなのかもしれない・・・
「気にするな」
そう付け加え、瑛緋は微笑した。
きっと、俺は瑛緋に、そして他のみんなに支えられてきたおかげで、今まで頑張ってこれたに違い無い。現に、今だって瑛緋のこの笑顔に俺の心が救われているのは確かなのだ。
「俺は少しでも・・・役に立ったか・・・?」
俺は今まで、少しでも強くなろうと思っていた。自分独りでなんでも乗り越えられることの出来るように。
けれど、その結果、みんなに迷惑を掛け、そして支えられている自分がいる。
「おまえな・・・」と言い、瑛緋は呆れ顔になった。
そう・・・俺は、今までずっとみんなに迷惑ばかり掛けきた。そしてこれからも、ずっと・・・。
「お前が居てくれるだけで、十分役に立っているんだぞ」
そう言うと、瑛緋は船の中へと入っていってしまった。
俺が居るだけで、役に立っている・・・。
俺は今まで自分独りの力で頑張ってこれたんじゃない。みんながいたからこそ、どんなことにも乗り越えてこれたんだ。
――― お前が居てくれるだけで ―――
いいじゃないか。支え合いながら生きたっていいじゃないか。
俺には、お互いを支え合うことの出来るこんなにも素晴らしい親友がいる。それに支えられるぐらい、何も恥ずかしいことはない。
逆に、お前が辛い時、俺が支えになってやる。お互いがお互いを支え合いながら生きる。それも、強いってことなんだ。
俺は胸から湧き出す感情を抑えることが出来ずにいた。
それはやがて、涙となって瞳から零(こぼ)れ落ちる。
けれど、もう我慢することなんか無い。すべて終わったのだから・・・。
安堵感に包まれながら、俺はその場でうずくまり、それでも顔に腕を押し当て、声を押し殺しながら、泣いた。


(聖美)
この一連の事件は、卯階堂の死、そしてアクアの崩壊によって幕を閉じた。
私の故郷だったアクア。私の親である卯階堂。私は、その両方を同時に失った。
けれど、これで良かったのだ・・・。
船に揺られながら、私は朝陽を眺めていた。
ゆっくりと青空に浮かぶ太陽。その光の中で、次第に体が温まってくる。
そして、心まで温かくなっていくのを私は感じていた。
めうちゃんの話によると、みうちゃんは最後まで卯階堂を助け出そうとしてくれていたらしい。
思えば、はじめて私を愛さこい村に受け入れてくれたのも、ここにいる愛さ達だった。
私が辛(つら)く、悲しい想いを、すべてを受け入れてくれた愛さこい村。そして、ここにいる愛さ達。
その気持ちには、感謝を言い尽くしても、まだ足りないぐらいだった。
今回の事件のはじまりは、私の弱い気持ち。
自分が自らの足で地に立っていさえすれば愛さこい村を襲うことは無かったのに、あの時の私は、卯階堂に流されるままに行動していた。
そして、私は、愛さこい村を・・・。
けれど、今は違う。
私は、私の生き方をしてみたい。愛の溢れる、そして、未来に愛を託せることの出来るような一生を送りたい。
そう、みうちゃんがその深い愛ですべてを愛するように ―――
私に出来るのだろうか。何年かかるのか分からない。
けれど、それが私にとってのユメなのだ。ユメは実現するためにある。そう教えてくれたのも、この愛さ達なのだ。
愛さこい村には、すべてがある。
私はそれを、これから一生をかけて学んでいこうと思う。すべてを癒せる、深く、そして美しいこの愛を。
私の気持ちは、不思議と穏やかだった。そう、この澄みきった青空を静かに見上げる海原のように。


(めう)
卯階堂の思惑は潰えた。
けれど、最後に私達に向けられたあの言葉・・・
――― 幸せになれ ―――
卯階堂は私達を兵器として創ったと言っていたけれど、それにはきっと何らかの理由があるのだと思った。
船の中で、私はベッドの中でぐっすりと眠っているみうちゃんの寝顔を見つめていた。
微かな吐息をたてる、とても可愛らしいみうちゃん。
この子は、どんなに傷ついたとしても、その傷つけた相手のことをすべて愛しちゃうことの出来る愛さなのだ。
愛さこい村を襲った卯階堂さえも例外では無い。
いや、もしかしたら、みうちゃんには、他人を恨(うら)んだり憎(にく)むといった気持ちは、はじめから無いのかもしれない。
もしくは、そんな感情を知らないのかもしれない。
そのままなのだ。みうちゃんは、自然とそっくりさんなのだ。
すべてを受け入れ、そして、そのすべてを未来へと導く。
気づかなければ、気づかせようともしない。傷ついても、傷つけ返そうともしない。ただ、そこに存在するだけの。
みうちゃんは、そんなすごい子なのだ。
それを、私達は愛と呼んでいる。
私の可愛い子供達。愛しい子供達。
これからも、すくすくと育ち、素敵な一生を送って欲しい。
それが、私の願い。私の愛 ―――

すべてが幸せに包まれ、愛の溢れる宇宙(せかい)になりますように ―――




おわり。



戻る?