愛さこい物語 <灰色の編>
 


9/8(たると)
その夜、私は夢をみました。
あたり一面に広がる野原の真ん中に、小高い山へとつづく白い道がその頂上へと真っ直ぐにのびていました。
私は、その道を、誰だかも分からない男の子に先導されるように、その子の後ろをただ黙って走っていました。
男の子は言いました。
「なんか、嫌な予感がする・・・。ひきかえそう」
でも、私は引き返したくはありませんでした。あの山へと続く道の向こうに、ただ行ってみたかったのです。
その時でした。
私の横から、とある男性が近寄ってきたのです。
よく見るとその男性は、頭から血を流しながら、微笑んでいました。
決して、悪意に満ちた笑顔ではありませんでした。
私の手前に走っていた男の子は私の手をすっと握ると、私をもと来た道へと連れ引き返しはじめました。
すると、帰り際、今まで気配すら全く感じることも無かったのに、たくさんの人達が野原のいたるところでとても楽しそうに話し合ったり遊んでいたりするのです。
その人達も、皆血まみれでした。
私は、涙を流していました。
「ゆるして・・・くれるの・・・?」

気がつくと、私は夢から覚めていました。


9/8(聖美)
その日の朝、私達はアクアへ向けて出発することになった。
愛さこい村のみんなは、船のよせてある海岸に集合していた。
「レヴィリアさん、ジュリアさん。愛さこい村を、よろしくお願いしますね」
愛さ警察長のレヴィリアさんと、愛さ消防長のジュリアさんは、笑顔でめうちゃんの信頼に答えている。
乗りこむ船は二艘(にそう)。
一艘目には、優希君と瑛緋さんと私。
二艘目には、めうちゃん、りうちゃん、それにみうちゃんとたるとちゃんが乗りこむ予定だった。
「それじゃ、行ってきます」
めうちゃんがそういうと、そこに集まった愛さ達は皆一斉に、応援の言葉や、やさしい言葉を贈ってくれた。
「ゆうさーん!みう、頑張ってくるからぴょんーっ!!!」
「絶対に、帰ってこなくっちゃね」
みうちゃんが岸にいるゆうさんに叫んだあと、めうちゃんはとてもやさしい笑顔でそう答えていた。
・・・って、え・・・?
「ちょっと待って。なんで、みうちゃんとめうちゃんがこっちの船にっ?」
慌てる私をよそに、めうちゃんは「あら?」なんて、いつもの暢気(のんき)っぷりを発揮。
まさかと思い、私はこの船に乗っているメンバーを見渡した。
「みうちゃんとめうちゃんに、私。それに・・・たるとちゃん」
ということは、あっちの船には、優希君と瑛緋さんとりうちゃんが乗っている、ということになる。
「はぁ」
私は、まぁいいか、といったふうに溜め息をついた。
めうちゃんも、くすくすと笑っていた。
きっと、アクアにつくまではこんな雰囲気なんだろう。いや、いつだって、ここにいる愛さ達は変わらない。
「先は長いことですし、お茶でもいかがですか」
たるとちゃんが入れたてのお茶を用意してくれた。私はそのお茶を飲みながら、もう一艘にいるりうちゃんのことを考えていた。
女の子独りで大丈夫かしら・・・。
「みうーっ!めうちゃーん!こっちこっちーっ!!!」
声の方向に顔を向けると、そこには背中に翼の生えたりうちゃんが、風をとらえ気持ちよく空を泳いでいた。
「練習してるのーっ!」
そう言って、りうちゃんは手をひらひらとこちら側に振っていた。めうちゃんは「気をつけてねーっ」と手を振りながらそれに答えている。
「みうも飛びたいのぴょんっ」
だだっ子もいるけれど。私はこの幸せを守りたい。幸せだと感じることが出来るからこそ、何があっても私はこの愛さ達を守りたい。
そこには、もう、私の生きる意味や存在する意味といったものはなに一つ関係なかった。ただ、この愛さ達のために。そして、未来の新しい生命の幸せのために。
それこそが私が自分の意思で決めた、私が今生きている意味なのだから。
アクアへ向け、私達の船はゆっくりと進んでいった。雲一つ無い青空には、太陽がさんさんと輝いている。私の気持ちは、いつしかとても穏やかになっていた。


9/9(優希)
静かな波の上をゆく船は、ゆっくりとアクアへ向けて進んでいた。
一緒の船に乗り込んでいる瑛緋は、相変わらず、釣りをしている。りうは楽しそうに空を飛んでいる。
「おい」
永遠に続くかと思わせる瑛緋の釣りをしている姿を見ながら、俺はたずねた。
「こんなんでいいのかよ」
ずっと思っていた。あの日、聖美さんに手も足もでなかったあの時から。胸の奥底にずっと。
俺はきっと、このままでは足手まといになる。だから今よりも、もっともっと力をつけたい、と。
「こんなんでいいって?いいに決まってるだろ」
「どこがだよっ」
つい、怒り口調で言ってしまった。
「あのな・・・」
瑛緋はそう言うと、釣りを一時中断して俺の方に体を向けた。
「よくお前、そんなんで特殊部隊に入れたな。あー、なにかと労働力不足だからな」
瑛緋はカラカラと笑った。
そんな態度が、俺の怒りをさらに増長させた。
気づくと俺は、右手を強く握り締めていた。
「それだっ」
瑛緋は、その握りこぶしを指さして言う。
「お前は力が入りすぎるんだ。だから、いざっていう時、体が動かなくなる。もし、お前の力を十分に発揮させたいのなら、その力を抜け。それからだ」
そう言うと、瑛緋はまた釣りをする態勢に戻った。
何も言えなかった。図星だったのだから・・・。
「そうだな・・・」
そう瑛緋が言いかけると、ただ黙って立っているだけの俺に、にっと笑いかけながら言った。
「まずは、俺と、釣りでもしないか?」
「だから、こんなんでいいのかよって言ってるだろ!」
瑛緋は相変わらず、カラカラと笑っていた。
「男同士、なんだか楽しそうね」
空から突然声が聞こえてきたので、俺はびっくりして一歩後ずさりしてしまった。見上げると、そこには大きな翼を羽ばたかせるりうが俺達を見下ろしていた。
「男同士?やめてくれないか」
瑛緋は眼鏡に中指をかけ、半ば冗談っぽく言った。
「あ、ごめんなさい。男と、男女でした」
そう言って、りうはまた空の向こうへと飛んでいってしまった。
残された俺は、ただ呆然とそれを眺めていた。
「はぁ。俺だって辛いよ」
その言葉を発したのは俺ではなく、驚いたことに瑛緋の口から聞こえてきたのだった。


9/10(たると)
「おなかすいたのぴょんっ」
「さっき食べたばかりでしょ?みうちゃん」
「食べたいのぴょんー食べたいのぴょんーっ」
めうさんは、みうさんの面倒をよくみています。なんだか、とてもみうさんは子供みたいに見えます。
「その大きな風呂敷には、何が入っているのですか?」
私は、みうさんの持ってきた大きな荷物が気になっていたのです。
「人参ぴょんっ」
そう言ったみうさんの顔は、とても嬉しそうに微笑んでいました。私にはどうしても、みうさんがあの化け物達を倒したとは思えません。
「人参・・・大好きなのですか?」
私がそう言うと、みうさんは風呂敷から一本の人参を取り出して言いました。
「この人参さんには、愛がこもっているのぴょんっ!」
そして、みうさんはその人参を見つめながら、それはやがてお口へと徐々に向かっていきます。
その時、「めっ」という声と共に、めうさんが横からその人参を押さえたのです。
「みうの人参ぴょんーっ」
「みんなの人参さんでしょーっ」
そういうと、両方とも、その一本の人参をかけての引っ張り合いが始まりました。
ぐーいぐーい。ぐーいぐーい。
その時でした。
ぽきっ
・・・・・・。

結局、半分に折れた人参は、ミキサーにかけて人参ジュースをつくり、みんなと一緒においしく飲み干しました。
やはり、私にはどうしても、この愛さがあの化け物達を倒したとは思えませんでした。


9/11(たると)
次の日の午後、ティータイムを見計らって、私はその疑問を聞いてみることにしました。
「みうさんには、何か特別な力があるのですか?」
そう言うと、その横に座っていためうさんは笑いながら言いました。
「何にもないわよ」
「むーっ!!!」
その横で、みうさんが必死に不服の意志をあらわしていました。
「でも、あの化け物達を退治したのは、みうさんだと村の愛さから聞きました」
私がそう言うと、みうさんはもちろんといった風にご満悦でした。
いったい、どうしたらこんなに小さなみうさんがあの化け物達を退治できるのでしょう。私のように武器も持っていないのに。
その時、ふいにみうさんが私へ質問を投げかけてきたのです。
「たるとちゃんは、どうしてアクアの特殊・・・なんとか、に入ったのぴょん?」
突然違う話題を振られたので、私はびっくりしてしまいました。
「アクアに生まれた愛さは、皆すぐに特殊部隊になるための教育を受けるのです」
「じゃぁ、たるとちゃんはなんで副隊長になったのぴょん?」
「えっ・・・」
私の顔は、きっと固まっていたに違いありません。
「答えたくなかったら、無理して答えなくてもいいのよ」
めうさんが、私に笑顔でそう言ってくれました。
ひさしぶりでした。優しくしてくれる、このあたたかさに触れるのは。
気がつくと、私は自然と自分の過去を話しはじめていました。普通なら、誰にも教えることのない過去。
ここにいるみんなになら教えてもいいと。いえ、もしかしたら、知っていて欲しかったのかもしれません。
過去の想いを消し去ることは出来ないのだから。私の犯した過ちを。そして、この罪の意識も。

「アクアに入ってすぐのことでした」
私のまわりには、みうさん、めうさん、りうさん、そして聖美さんが囲むように座っていました。
「私は、アクアに敵対の意志を表明している国の国家機密を奪うという任務についたのです」
そう言うと、みうさんは隣に座っているめうさんに、国家機密って何?と分からない単語を聞いていたので、少し間を空けてから続けました。
「もう少しで、任務完了という時でした。敵国の人間が、私の後ろから攻撃してきたのです・・・。殺さなければ、私が殺されていました」
「そこではじめて、人を殺した・・・」
聖美さんが悲しそうな表情をして、私を見つめました。
「はい」
しばしの沈黙が流れました。
「それからです。私が福隊長と呼ばれ、暗殺の任務が任されるようになったのは・・・」
アクアに敵対する人間の暗殺・・・。これが私の主な任務になったのです。
「しばらくしたある日、私にとても大きな任務が与えられました」
アクアの副隊長に任命されてから、はじめての夏。あの日のことは忘れることができません。
「もしかして、あの国家滅却の任務を与えられたのって・・・」
聖美さんが、まさか、という風に言いました。
「はい。しかし、私はその任務の最後で相手の自爆攻撃にあい、重症を負ってしまったのです」
私は上着を少しだけあげ、みんなに見えるようにその傷を見せました。
私は上着を元の位置に戻し、続けました。
「しかし、その時、他の任務にあたっていた隊長が私のもとに駆けつけてくれたのです。ですが、アクアにとって動けないことは同時に死を意味します。 私は、もう最後かと思いました。そして隊長に言ったのです。殺してください・・・と」
動けない私は無意味と同じことでした。力のない私は、役立たずなのです。
気がついたら、私は涙を流していたことをおぼえています。心の中では、本当は死にたくないと思っていたのです。
「でも、隊長はそんな私に向かってこう言ったのです。よく頑張ったな、今まで苦しかったろうって」
私は、今までたくさんの人間を傷つけてきたのに。傷つけてきた私には、こんな言葉をかけてもらうだけの価値はないのに。
「たとえ、たるとに力や能力が無かったとしても、たるとはたるとなんだ。生きていてくれるだけで、それだけでいい、と・・・」
この時からでした。私が隊長の支えに少しでもなれることが出来るのならば、と考えるようになったのは。
「ありがとう、たるとちゃん。話してくれて」
めうさんが、私の頭をそっと抱いてくれました。
とっても温かくて、いい匂いがしまいした。
ひっく・・・ひっく・・・
私は泣いていたのです。ただ、それからは涙をこらえることが出来ず、しばらくめうさんの胸の中で泣き続けました。
船をゆっくりと揺らす波は、ただ静かにアクアへ向けて私達を運んでいました。まるで、子供をあやす、ゆりかごのように。


9/13(聖美)
アクアへ向けて、私達は順調に帆を進めていた。
「たるとちゃん。アクアについたとして、まず何をしたらいいのかしら」
たるとちゃんは、隊長が私達に協力してくれると言っている。しかし、本当かどうかは分からなかった。
罠かもしれない。いったい、隊長とはどんな人物なのか。
たるとちゃんが以前、話してくれた隊長のことだけを見ると、決して悪い性格では無さそうだった。しかし・・・。
「隊長は、以前からアクア崩壊への気持ちを秘めていました。その気持ちは、決して嘘ではありません」
たるとちゃんは真剣な眼差しで続けた。
「今では、卯階堂に気付かれることなくアクアの至る所にまで侵入し、そのほとんどを把握しています」
だから、今がチャンスなのだと。
たるとちゃんの隊長によせる想いは、純粋そのものだった。憧れかもしれない。それとも、恋・・・それは、わからない。
けれど、今このチャンスを見逃せば、またいつ愛さこい村が危険に侵(おか)されるかわからない。
これは、私達にとってみても、危険な賭けだった。
「まず、アクアに入ったら、裏口からいっきに卯階堂の居る場所まで攻めましょう。そこまでの通路は、隊長が確保してくれている予定です。そのあとは・・・」
そう言って、たるとちゃんは口を紡(つむ)いだ。
もしかしたら、卯階堂を殺すことになるのかもしれない。
しかし、それはみうちゃん達にしてみれば、どんなに辛い想いをさせてしまうことだろう。
不安だった。
純粋なだけに、その気持ちが受ける傷の深さに。
けれど、もう後には戻れない。私達は、前に進むしかないのだ。
見上げた空は黄昏色に染まっていた。暑い陽射しもいつしか水平線の向こうへと姿を移し、たちこめる暖かな空気もいつしか涼しげな風に吹かれ、それはまた新しい命を運んでくる。
私達は、ただ泳がされているだけなのかもしれない。このゆっくりとうつろう季節のように。


9/13(優希)
少しでも強くなりたかった。それには、もう意地や見栄は、ただの邪魔物でしかない。
俺は、瑛緋に訓練を受けることを願いでた。
そして瑛緋は言った。
「じゃぁ、まずそこのフェンスの上に、目を瞑(つぶ)って立て」
俺は言われる通りにした。
最初は、こんなことに意味があるのか、と思ったが、しかし、いざやってみるとなると意外と難しい。
「ほら、優希揺れてるぞ!」
瑛緋が楽しそうに言う。
「ちょっとうるさいぞ!黙っててくれ!」
そう言った途端、俺はフェンスの上からバランスを崩して落ちてしまった。一歩間違えれば、海に落ちていたかもしれない。
「まだまだだな」
そう言って、瑛緋は笑っている。
笑い事じゃないって・・・
俺は、その訓練を繰り返した。気付いたら、いつしか太陽も海の向こう側に消えようとしていた。


9/13(りう)
「何してるのかしらアレ」
そう言って、私は優希君の方に指を向けた。
「さぁ。遊んでいるのかしら」
「みうも仲間に入れてほしいのぴょん!」
みうはぴょんぴょん飛び跳ねていて、その横でめうちゃんがくすくすと笑っている。
「男の子って、考えてることがよくわからないわ」
私がそう言うと、めうちゃんが私の方に振り向き、笑顔になって言った。
「優希君も、頑張っているのよ。りうちゃんみたいにね」
「やめてよもーっ!」
めうちゃんは、いとも簡単にはずかしい台詞を言う。でも、その笑顔を見てしまうと、どうしても反論の余地が無くなってしまうのである。
「私は・・・嬉しいの。こんなに素敵な愛さ達がいてくれて」
めうちゃんが、恥ずかしそうに言った。
だけれど・・・めうちゃんだって、素敵な愛さだよ。私は大好き。めうちゃんも、みうも。そして、みんなも。
だから、私はみんなを傷つけるような人間は絶対に許さない。許すことは出来ないっ!

その時の私は、ただ怒りに身を任せていただけなのかもしれない。
気付きたくなかったのだろう。こんなにも自分が弱い愛さだったということを。
私の大好きなこの愛さ達を利用して・・・。


9/14(りう)
「霧が濃くなってきたわ・・・」
あたり一面に霧が幕をつくり、少し後ろからついてくるもう一隻の船はその影しか確認することが出来なかった。
「もう少しで、アクアに到着します」
たるとちゃんが霧の向こう側を見つめながら言った。
ここはもうアクアの領域。いつ、卯階堂に見つかってもおかしくはないのだ。
「アクアから少し離れた岸に船をつけますので、到着したらしばらく歩きます。そして、裏口からアクアへ」
静かだった。まるで、別の世界へと迷い込んでしまったかのように。
船から見える海の底は、まるで光りを全く通していないかのように黒く、不気味だった。
みうは、人参の詰まっている風呂敷を腕いっぱいに抱え込んでいる。めうちゃんも、『うたろう』をぎゅっと抱きしめていた。
皆、少なからず、姿の見えない敵に脅(おび)えていた。
「大丈夫。この霧のおかげで、卯階堂からはこっちの姿が見えていないはずだわ」
神様は私達に味方している。このまま、いっきにアクアへ攻めたてる!
静まり返った景色とは裏腹に、私の気持ちは高ぶっていた。



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