愛さこい物語 <本当のキモチ編>
 

10/12(さくら)
この子の描いた絵を眺(なが)めていて気づいた点が一つある。
これは、絵を全体的に眺めていて分かったことなのだが、真ん中にある化け物らしき生き物のまわりにそれは覆(おお)いかぶさるようにして、それよりもさらに大きな生き物らしきものが背景に描かれているのだ。

――― もしかしたら、これはあの愛さなのかもしれない・・・

最近のこの子には目を見張るものがある。
食事の時には噛(か)むという動作が加わり、さらには、ぬいぐるみの手の部分を自分の手で動かしたりしているのだ。
失っていた希望が、見えてきた。


10/16(りう)
この島に来て十日目。
四六時中、砂嵐の吹くこの天候に少しずつではあるが慣れてきたものの、私の心の中には依然(いぜん)として得体の知れない重荷が圧(の)し掛かっていた。
お昼休み、私はゆうさんに甘えてばかりいるみうを少しは働かせようと、ここにいる愛さ達の話を頼りに、みうとゆうさんのいると思われる場所へと向かった。
「ゆうさんとピンク色の髪の毛をした愛さ、何処かで見かけなかった?」
得体の知れない重荷、それは焦(あせ)りとなって私に降りかかる。
「さっき、あっちの方で見かけたわよ」
私は道案内をしてくれた愛さに御礼を言い、案内された岩場の方へと足早に向かった。
得体の知れない重荷・・・それは何だかはまだはっきりとは分からない。
みうとゆうさんは、砂の山を越えた先の大きくて平らな岩の上に寝転がりながら日向ぼっこをしていた。
「みう!ゆうさん!いつまで日向ぼっこしてるのっ!?」
私の声に対して、両方とも大した反応が無い。
私は寝転がっているみうとゆうさんに近づき、その頬を同時にぱしぱし叩きながら叱咤(しった)した。
「いつまでもこもこしているつもりなのっ!?」
けれど、みうはにんまり笑顔でこう答えたのだった。
「なんでぴょん♪どうしてぴょん♪怖いのぴょん♪」
みうにとって悪意は無いのだろうけれど。私の顔を見ながら、歌にして「怖いのぴょん♪」なんて言うみうを、その時の私は許(ゆる)すことが出来なかった。
「早くお仕事しないと、あとで人参没収だからね!」
「んぴょんっ!?」
みうは慌てて、お仕事へと向かう。
「さて。ゆうさんもお仕事に行こうかな」
ゆうさんもゆっくりとその後に続いた。
(・・・私って、最低・・・)
強く吹き荒れる砂嵐が、私をさらに冷たく、孤独にさせたのだった。


10/17(たると)
最近、愛さこい村の村愛さ達に元気があまりありません。
私が声をかけても、いつもの笑顔で答えてくれないのです。
めうさんもそうなのです。
「良いお天気ですね」
「うん、良いお天気ね」
めうさんは笑顔で答えてくれます。けれど、その内に秘めた寂(さび)しさを感じさせるその思いが、表情や仕草(しぐさ)に出ているのです。
・・・きっと、みうさんがいないから。
いつも元気で、無邪気で純粋で、清らかな心の持ち主のみうさんがいないから。

私はあの島へと向かう決意をしたのでした。


10/17(めう)
たるとちゃんが定期船に乗ってすぐ、いつものように愛さこい村大運動会の準備をしようとしていたところに愛さ警察長のレヴィリアさんと愛さ消防長のジュリアさんが真剣な顔をしてそろって突然家にやってきたので、私は一抹(いちまつ)の不安を感じた。
「めうちゃん。実は・・・」
レヴィリアさんが言うには、どうやらあの訳の解らない建物に、愛さこい村の子供の村愛さが入ってしまったというのだ。
「子供はすぐに救出した。だが・・・」
レヴィリアさんのあとに消防庁のジュリアさんが続く。
「あの建物は潰した方が良いと思うんだ」
私もそう思っている。
何の目的で建てられたのか解らない建物がこの愛さこい村にあるのだ。そんな不安要素は出来れば排除したい。
「・・・わかったわ。レヴィリアさんとジュリアさんが同じ意見なのなら、あの建物は誰にも知られないように壊すことにしましょう」

数日後、あの建物は誰にも知られずに取り壊されることになるだろう。けれど、私にはまだ、なんとも言い表すことの出来ない不安が、心の中に渦巻(うずま)いていたのだった。


10/17(りう)
お昼休みが終わりに近づいてきた頃、私は誰にも声の届かない場所へとゆうさんを呼び出した。
「どうしたのりうちゃん、こんなところに呼び出して」
私は迷っていた。
「うん・・とね・・・」
今度の愛さこい村大運動会が終わったら、ゆうさんの住む人間の世界へ行くのか。それとも、ここに残るべきなのかどうかを。
「私・・・と、みう、どうしてゆうさん家に昔、住んでいたの?」
今までたくさんのことを考えた。そして、ゆうさんに今までのことを全部話そうと思っていたのに、気がついたら心とは裏腹に口では全く別のことを喋(しゃべ)っていた。
けれど、ゆうさんはその質問にもちゃんと答えてくれる。
「そのことについて、そろそろちゃんと話そうって思ってたの。みうとりうちゃん。まだ小さかった頃、ゆうさんが旅行先で・・・」
「待って!」
私はゆうさんの服の袖(そで)を、両手で力いっぱい掴(つか)んで言葉を制止させていた。臆病者(おくびょうもの)だったのだ。いざ、聞くこととなると途端に不安が心の中を支配したのだ。
「うん。大丈夫だよ。ゆっくり、また今度、話そうね」
「・・・ごめんなさい」
服を掴んだまま、私は何も出来ずにただ俯(うつむ)いていた。
その時、目の奥からぽろぽろと涙が零(こぼ)れるようにして地面を濡(ぬ)らした。
何故だかははっきりとは分からない。ただ、ただ悲しくて、寂しくて、そして悔(くや)しかった。そんないろんな想いが涙となって溢(あふ)れ出してきてしまったのだ。
「私・・・みんなと・・・お別れしたくない・・・」
ゆうさんにしがみついて、泣いて、もう見栄(みえ)も何も無くなってしまった時、私の心の奥にいつしか閉まい込(こ)んでしまった気持ちが私の口から零れだした。
「もし私がゆうさんの住む世界に行ってしまったら、もうみんなと会えなくなっちゃう。そんなのやだよ」
いつも我がままばかり言うみう。いつもどこか抜けていてつい心配してしまうめうちゃん。みんな、私がいないとなんにも出来ないんだから。みんな、私の大切な家族なんだから。
「・・・ゆうさんはどうするの?いつまで、この愛さこい村にいるの?」
私はゆうさんの胸にうずめていた顔を上げ、なんとか涙を堪(こら)えながら言葉にならない声で尋(たず)ねた。
「そうだなー・・・気が向いたら・・・かな。だから、またすぐに愛さこい村に戻ってきちゃうかもしれないけどね」
そう言ってゆうさんはいつものようにやさしく笑った。
「りうちゃんも、もし人間の世界に行ってしまったとしても、またいつでも帰ってくることが出来るんだから。だって、ここはみんなの愛さこい村でしょ?」
その言葉に、私の気持ちは何かから開放されたかのように軽くなるのを感じた。
「戻ってきても・・・良い・・・?」
「うん。そうだよ」
しばらく間のあいた後、私はゆうさんから一歩、後ろへぴょんと飛び跳ねる。
「ありがとうっ。私、もうちょっと考えてみることにするね」
気持ちがやさしくなる。
自分をさらけ出して人に自分の悩みを相談して、こんなにも清清(すがすが)しい気分になれるなんて。
でもきっと、それはみんなが素敵だから。みんなが尊敬出来るぐらい素敵なみんながいてくれたから・・・。
いつしか私の心模様を映し出しているかのような澄(す)みわたる青空が、私をやさしく包み込んでいたのだった。


10/17(たると)
この島に到着したその夕食の後、私は人参をお腹いっぱいに食べてしまったみうさんに、愛さこい村のことをお話することにしました。
「愛さこい村のみんなはみうさんの帰りを待っています」
けれど、みうさんは私の声には上(うわ)の空のような感じで、お腹を両手で摩(さす)りながらもこもこしています。
私はさらに詰め寄りました。
「愛さこい村のみんなに元気が無いのです。みうさん、あなたがいないから・・・」
少しの間しかまだ一緒には暮らしていないけれど、私はみうさんの素敵な部分をたくさん発見することが出来ました。
一つは、みんなを信じること。
そして、みんなを愛していつも一生懸命なところ。
みうさんは、愛さこい村のみんなに愛されています。それは、何よりもみうさんがみんなを愛してくれているからなのです。
「みうさんっ」

私はこの日、みうさんに精一杯の自分の想いを伝えました。
みうさんからははっきりとした返事は返ってこなかったけれど、いつの日かきっと、愛さこい村にはみうさんの笑顔がまた戻ってくる、そんな気がして、気が付いたら口元が少しだけ緩(ゆる)んでしまっていたのでした。


10/18(さくら)
あの愛さがここへ姿を現(あらわ)さなくなってから二週間が経(た)つ。
私はいつものように患者の定期検査を行った後、海の風が気持ちよく吹くあの浜辺へと向かった。
私はいつもそこで深呼吸をしている。気持ちがとても落ち着くのだ。
その時、ふと。
ふと、隣に目線を運ぶと、なんとそこにはこの子が独りで海の方に向かいながら佇(たたず)んでいたのだ。
その後、私は静かにこの子の様子を伺(うかが)っていた。
特に何をするわけでもなく、何を見ているわけでもない。
しかし、私には何かを見つめているような、何かを待っているかのような、そんな印象をこの子から感じたのだ。
はじめは何を言っても反応しなかった。
どんなことをしても動こうとはしなかったこの子が今、私の目の前に立っている。
私にはただそのことだけで、とても嬉しかった。
なんでもない日常がこんなにも嬉しいと感じるのは、きっとこれからもそうは無いだろう。
ただこの子がほんの少しでも、その目の前にある景色を見つめていてくれたのなら・・・。
一歩でもいい、少しでもいいから未来へと、その一歩を歩み出してくれたのなら・・・。


私にはこの子を見つめていることしか出来ないのか ―――



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