愛さこい物語 <軌跡 前編>
 

10/21(りう)
たるとちゃんが迎えに来たにもかかわらず、みうは相変わらずゆうさんと一緒だった。
働く時も一緒だし、休憩時間も一緒。唯一、一緒にいない時間といえば、食事の時間と就寝の時間だけ。
「そろそろ昆布取りの時間よ、みう」
「んぴょんっ」
けれど、分かっているのかもしれない。
ゆうさんとはずっと一緒にいられないこと。
ゆうさんはいつかは人間の世界へと戻ってしまうこと。
何かいい方法はないかと考えてしまうけれど、きっとこれは私が口出ししてはいけない問題なのだ。
ゆうさんの未来はゆうさんが、みうの未来はみうが決めなければいけないことなのだから・・・。

まだお日様が上がったばかりだというのに、みうはいつものように昆布を両手いっぱいに広げながら「べろ〜んべろ〜ん」などと言って遊んでいる。
私達が数日間手伝ったところですぐに海が綺麗になるということは無いのだが、何故だか私には以前よりも海が綺麗に輝いて見えてしまうのだ。
その光の中で、みうがとても楽しそうに笑っている。
・・・もしかしたら、海がとても綺麗に見えてしまうのは、みう の・・・
その時である。アスラエルが私達のところまで駆け寄ってくると、突然「話がある」と言って少し離れた場所へと私達は案内された。
「突然にどうしたの?」
アスラエルはいつよりも真剣な表情をして私達を見つめていた。
「とても言いづらいんだけど・・・瑛緋君の行動がどうもおかしいんだ」


10/21(めう)
早朝、愛さこい村ではとある事件が起こっていた。
「見つかったか?」
「いや、めうちゃんの方は?」
朝から愛さ警察長のレヴィリアさんと愛さ消防長のジュリアさん達とで探してはいるのだが、一向に行方不明になった愛さこい村に住む女の子の行方は分からないでいた。
「見つからないの。もうほとんど探したのに・・・っ」
その女の子とは以前、あの訳の分からない建物の中に入ってしまった愛さの女の子だった。
「もしかしたら・・・またあの中に入っちゃったんじゃ・・・っ」
「きっと、見張りをつけていない夜中から早朝の間に入ったんだ。急ごう」
私はうさぎのぬいぐるみのうたろうを背中に背負(しょ)って、あの建物へと向かった。
以前感じた嫌な予感が、現実のものとなってしまうような、そんな気がして・・・。


10/21(愛さの女の子)
恐怖よりも好奇心の方が強かった。
私は水槽の中に入っている得体の知れないモノがどんなモノなのかも分からずに、目の前にあるスイッチを押した。
ピッという発信音の後に、目の前にある水槽の水がボコボコという音をたてながら徐々(じょじょ)に無くなってゆく。
姿を現した得体の知れないモノの閉じていた目がゆっくりと開き、その瞬間、目の前にあった水槽のガラスが物凄い勢いで粉々になった。そして言葉では表せないような雄叫(おたけ)びをあげると、私を凍りつく様な眼差(まなざ)しで見下ろしたのだ。
このままここにいては駄目だと思った。けれど、足がすくんで動けなかった。
化け物と言っても過言ではないモノが、しりもちをついた私へと一歩一歩近づいてくる。
私は何度も後ろへ逃げようと目の前にあった自分の足を精一杯に前へと地面を蹴ったのだが、力の入らない足はその度(たび)に地面を滑り、化け物はついに私の目の前まで迫(せま)り、そしてその太い腕を私めがけて振り下ろした。
その刹那(せつな)。
太くて長い綺麗な矢が化け物の腕から身体にかけて、深く突き刺さっていた。
気づくと、眼鏡をかけた少し長い髪の毛をしたお兄さんが、私を抱きかかえてくれていたのだ。
「怪我は大丈夫?」
「・・・うん」
私は抱きかかえられるままに、その場を後にしたのだった。


10/21(りう)
「この辺りで瑛緋君の姿を確認したのが最後なんだ」
アスラエルに案内された場所は、私達の住んでいる場所から少し離れた場所にある、岩と岩との間に隠(かく)れるようにして存在している小さな洞窟だった。
「ここに瑛緋さんが・・・?」
私とその隣にいたみうは、神妙(しんみょう)な面持(おもも)ちで洞窟の入り口を見つめていた。
はじめて見る洞窟だった。私達が以前、あの武器を手にすることとなった洞窟とは違う―――
「中を調べてみるかい?」
アスラエルの言葉に私達はたじろいだ。誰も足を踏み込んだことのないような、しかも灯(あか)りも何も無い状態で暗い洞窟の中に入るだなんて・・・
その時である。
「俺が行く」
優希君だった。
「その話が本当なら、俺にだって責任はある。俺に行かせてくれ」
そう言うと、優希君は腰にある剣に手を添えて、中へと入ってしまったのだ。
「待ってぴょん!」
「ちょっと、みうってばっ!」
いつもこうではあるのだが、みうには毎回のごとく振り回されてしまうのである。
「ちょっと待って!まだこの中に瑛緋君が居るとは・・・っ!」
「そこで待っててっ」
私はアスラエルを洞窟の外で待つように言った。
保険である。私達に何かあったときのための・・・。
私とみうはお互いに手を繋(つな)ぎながら、先を歩く優希君の足音だけを頼りに、奥へ奥へと進んでいったのだった。


10/21(愛さ)
あなたはどうして逢いに来てくれないの?
いつまで待たせたら気が済むの?
私がここにいるのは、私がここにあるため。
私がここにいるのは、私が私であるために。
だからお願い。

はやく、
ワタシに逢いにきて


10/21(めう)
あれから散々探したものの、行方不明になった愛さの女の子の行方は依然として知れないままだった。
「このミドル層とネイチャー層にはいないようだな」
機械で作られた街に独り迷い込んでしまった女の子。何処を探しても居ない。不安だけが募(つの)った。
「もしかしたら・・・アンダーグラウンドじゃないのか?」
愛さ警察長のレヴィリアさんの発言に私達に緊張が走った。
「しかし、アンダーグラウンドへの入り口は俺達が散々探しても見つからなかったはず・・・」
愛さ消防長のジュリアさんが考え込んでいると、私達が立っていたその隣にあるなんでもないビルの壁にスーっと光りの筋が四角くかたどられたかと思うと、なんとそこから行方不明になっていた女の子を抱きかかえている瑛緋さんが浮き映し出されるように突然姿を現したのだ。
「え・瑛緋さんっ!?」
私達が困惑する一方で、瑛緋さんもまた困惑していた。
「どうして、みうちゃん達と一緒に行ったはずの瑛緋さんが、こんな所に・・・しかもその行方不明だった女の子と一緒・・・」
とっさにレヴィリアさんとジュリアさんが身構えたのが分かった。
「女の子は無事だ」
瑛緋さんのその発言が緊張を解(ほど)くきっかけとなって、私達は瑛緋さんからそのすべてを聞いたのである。
まだ、すべては終わってはいないということを ―――



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