10/21(たると)
「何処にも・・・いませんね」
洞窟は深く地下へと続いていました。
「あぁ・・・」
洞窟の奥へと到着した私達は、辺りを見回しました。けれど、不思議なことに、みうさん達の姿は何処にも見つからないのです。
この音一つ無い洞窟に、私達の声だけが透き通るように響きわたっていました。
・・・いったいどういうことなのでしょう。
その時でした。
私は視界の端に、小さな形をした見慣れたとあるものを発見したのです。
「に・・・にんじんさんです」
それは、洞窟の端っこの壁のすぐ横に落ちていました。
これはあきらかにみうさんがここに来たという証拠。きっと、いつも隠し持っていたにんじんさんをこの付近で落としてしまったのに違いありません。
「でも、なんでこんな端(はじ)っこに、にんじんさんが・・・」
私はそのにんじんさんが落ちていたすぐ目の前にある壁を、ただ、何の気にもとめず、なんとなく手で摩(さす)ってみました。
すると、どういうことでしょう。
私の手が、壁の中へとゆっくり吸い込まれていったのです。
「たるとちゃん、ちょっと待って!みんなを呼んでくるっ!」
アスラエルさんは洞窟の外へとみんなを呼びに行ってしまいました。
独り残されてしまった私は、ただずっと、その壁に吸い込まれた手を見つめていました。
そして、気がついたら。
その壁の中へと、足を踏み込んでいたのです。
10/21(めう)
瑛緋さんの放った矢は、相手の左目に命中した。
けれど、襲いかかってきた勢いそのままにまかせた相手の右腕が瑛緋さんを捉(とら)え、瑛緋さんは突き破られたガラスの向こうへと吹き飛ばされてしまったのだ。
「めうさん・・・逃げて・・・」
相手は矢の刺さっている左目に手を当てながら、空いている片方の腕をただブンブンッと闇雲に振り回している。
私はその隙に瑛緋さんの傍(そば)まで駆け寄り、傷の具合を調べた。
「そんなに強くは打ってないわ」
「いいから逃げるんだ」
そう言う瑛緋さんを他所(よそ)に、私は強引に瑛緋さんの左腕を自分の首へとまわした。
「立てるわね?」
瑛緋さんの綺麗な緑色に輝く瞳を、私は真っ直ぐに見つめた。この瞳(ひとみ)の色は、そう、あの武器を使えるという証でもある瞳 ―――
「相変(あいか)わらず、強引ですね」
瑛緋さんをゆっくりと立ち上がらせ避難しようと振り向いた時、そこには奇矯(ききょう)な悲鳴を上げ、左目から夥(おびただ)しい量の血を噴き流しながらも、化け物が私達の行く手を塞(ふさ)いでいたのだった。そして、ゆっくりと、その歩を私達へと向けて迫って来ている。
私は咄嗟(とっさ)に、うたろうの中に入れてあった人参さんを化け物に投げつけた。人参さんを投げたからといって、事態は変わらないことぐらいわかっている。怖かったのだ。ただ目の前にある恐怖から、逃げたかった。その一心で、投げた人参さん。
当然のごとく、その人参さんは化け物の手によって弾かれた。
しかし。
「んぴょん?にんじんぴょんっ!」
「みうちゃん!!!」
人参さんの転がったその先に、皮肉にも私の愛する子供達が、姿を現したのだった。
10/21(りう)
私達の少し前を歩いていたみうが扉の前に立つと、その扉は自動的に横へと滑(すべ)るようにして静かに開いた。
するとみうは「にんじんぴょんっ!」と言って、扉の中へと独り入ってしまったのである。
突然の人参さんの登場に、私も「どれどれっ?」と顔を覗かせると、なんとみうの肩越しから、異様な形をした得体の知れないモノがみうに向かって走り出してきているのが見えたのである。
その得たいの知れないモノはみうに向かってその拳を振りかざそうとしていた。
驚きの声を上げる間もなく、私は咄嗟(とっさ)にみうの身体に体当たりをして床へと一緒に倒れこんだ。
「みうっ、大丈夫!?」
「んぴょん・・・っ」
その時である。その得体のしれないモノの拳が、今度は私めがけて上から振り下ろされたのである。
私がもうダメだ、と思ったそのとき。
ドスッ!
得体の知れないモノの背後からは大きな矢が。そして、私の目の前には、優希君がその拳ごと剣で切り裂いていた。
得体の知れないモノはその場で血吹雪を上げながら床へと倒れこんだ。
「怪我は無いかっ!?」
「優希君・・・っ」
ありがとう・・・その言葉がうまく口から伝えられなくて。
「とりあえず、ここはもう危険だ。外に出よう」
「・・・うん」
その時、視界の端にふと、いつも見慣れた愛さの姿が見えたような気がして振り返った。すると、そこにはなんと傷を負っていると思われる瑛緋さんと、そしてその傍(かたわ)らにはめうちゃんがいたのである。
私は咄嗟(とっさ)に声をかけた。
「瑛緋さん・・・ずっと探してたのよっ。それに、なんでめうちゃんまでこんな所にいるの・・・?」
混乱していた。
私のすぐ横には得体の知れないモノの死体が。そして、目の前にはここに居るはずのないめうちゃんが、確かにこの瞳に映っていたのだから。
「りうちゃん、聞いて欲しい。悪いのは俺なんだ・・・」
そう言った直後、瑛緋さんは痛めていたと思われる胸に手を当て、苦痛の声を上げながらその場にしゃがみこんでしまったのである。
私達は瑛緋さん達に近寄った。
そして、私達はそこで、今までの経緯(いきさつ)と事の真実を、聞くこととなったのである。
10/21(りう)
この建物は卯階堂がまだアクアにいた頃より以前に造られたもの・・・。その目的は分からない。そして、あの化け物の様な生き物のことも。
「瑛緋さんは独りで、この建物の調査をしていた・・・」
「そうだ」
ただ一つだけ分かったこと。それは、この建物が今も地上のエネルギーを吸い続けながら、そのエネルギーを利用して主(あるじ)無き今も稼動し続けている、ということだった。
「だから、この上にある島はずっと砂漠のように枯れ果てていたのね・・・」
私はこの大きな部屋を見回した。機械やガラス、なにやら変な色をした液体の入った怪しげな機械までもが、静かに動いている。
「早く止めなくちゃっ」
「そうだな」
そう言いながら瑛緋さんは胸を押さえたまま立ち上がろうとしたのだが、当然のごとく、優希君に止められた。
「瑛緋は一足先に地上に戻っててくれ。あとは俺でも何とかなるだろ」
やるべきことは、この建物の中央にあるメインコンピュータに接続して、その活動を停止させること・・・。
「だが優希、ここの機械を止めたら灯りだって消えてしまう。そうなったら、道も詳しく知らないお前がどうやって地上に戻るんだ?」
この質問には優希君も戸惑っていた。
やっぱり、ここは瑛緋さんには同行してもらった方がいい。でも、怪我をしていて辛(つら)そうなのも、また確かだった。
「灯りならここにあります」
と、その時、今まで私達が通ってきた道の方から突然たるとちゃんが姿を現したのだ。
「みうさんの落とした人参さんのおかげで、ここまで辿りつけました」
そう言うと、ポケットの中からみうがいつも持ち歩いている人参さんを取って見せる。
「んぴょんぴょんっ!無くなったにんじんぴょんっ!!!」
きっと足を滑らせたみうが、転がってその勢いで壁の中に入っていった時に落としたのに違いない。
「これで決まりだな」
そう言うと、優希君はたるとちゃんから灯りを受け取り、そして瑛緋さんからはコンピュータ管理室までの簡単な地図を受け取った。
「瑛緋はめうちゃんと一緒に・・・それとりうとぴんくもな。たるとは瑛緋達の道案内を頼む」
たるとちゃんは「分かりました」と返事をすると、私達の来た道の先頭に立つ。みうはなんだか不満いっぱいといった感じ。
「気をつけろよ」
瑛緋さんが不安そうな面持(おもも)ちで優希君に声をかける。
「大丈夫。まかせろよ」
そう言って、お互いに自分の目的地へと向かおうとした時。
「待って!私も・・・ついていっても・・・いい?」
なぜその時にそんな言葉が出たのかは今でも分からない。思い返しただけで・・・とっても恥ずかしい・・・
「別に・・・いいけど」
後(うし)ろから「りうちゃんだけずるいのぴょん!」というみうの声が聞こえたけれど、私は振り返らずに優希君の後を追った。
心臓がどきどきしていた。
ただ、目の前に映る優希君の後姿を、私は二度と失わないかのように必死になって見つめていた。
これが、これから起こる悲劇の始まりとも知らずに ―――