10/21(りう)
コンピュータ管理室に着いた私達は、さっそくコンピュータの作業へと取り掛かった。
優希君が手際(てぎわ)良くたくさんあるボタンの中から、適切なボタンだけを押してゆく。
『パスワード解除』
「よしっ!」
どうやら関門(かんもん)は突破したらしい。
あとはコンピュータを停止させるボタンを押すだけだった。
「りう、そこにあるボタンを俺の合図と共に押してくれ」
私は優希君の示したボタン、それを覆(おお)っていたガラスの蓋(ふた)を開け、その中にある冷たいボタンにゆっくりと手をあてる。
「じゃぁ、行くぞ。3・2・1」
ポチ。
『全システムを停止します―――』
瞬く間に全ての画面やランプの明かりが消え、全てが闇に覆われた。
その闇は私の身体を圧迫し、なぜか私はすべてが消えて無くなってしまったような、そんな気がして、怖くなった。
「ゆ・優希君・・・どこ?」
「ここだ」
という返事をしたと同時に優希君が自分の顔の下にあったランプを点けたものだから・・・お化けみたいで少しびっくりしてしまった。
優希君は別にそんな私を気にすることも無く、微かなランプの灯りを頼りに地面に地図を広げる。
「今は・・・ここだから。この廊下を真っ直ぐいったら、右の道だな」
確認した後、私達は立ち上がり廊下へと向かった。廊下の入り口はまるで全てを吸い込んでしまうかのように不気味だった。ここが誰の手も届かない地下なのだということを、改めて痛感させられる。
その時。
私達の周りから姿を隠していた鉄の壁が、突然、紅色に染まったのである。
私達はその光りを放(はな)っていた後ろにあるモニタへと視線を向けた。
そこには紅い文字で数字が表示されていた。その数字は徐々に、その数を減らしてゆく。
「急げっ!零(ぜろ)になる前に脱出するぞっ!」
優希君は私の手を引っ張り、深紅の闇路(やみじ)へと私を誘(いざな)った。
(あの数字が、もしも、零になった時・・・)
私はただ、無我夢中に走った。この手の中にある優希君の温(ぬく)もりだけを頼りに・・・。
10/21(めう)
一足先に洞窟から抜け出した私達は、ちょうどアスラエルが連れてきたと言うこの離島に住むすべての愛さ達と、洞窟の入り口で合流した。
先に元アクアの愛さ達に瑛緋さんを治療のために宿舎へと運んでもらい、その後に心配するアスラエル達に今までの事情を説明する。
「りうさん達、大丈夫でしょうか」
ここに集まった愛さ達は皆、洞窟の中にいるりうちゃん達のことを心配していた。
「きっと、大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ」
皆にはそう言ったけれど、私の心の中にある不安は愛さこい村にいた時からずっと、拭(ぬぐ)い去(さ)れないでいた。
(どうか、りうちゃんと優希君が無事に戻ってきてくれますように ――― )
砂まじりの冷たい風が、私達を強く吹き抜けていった。
10/21(優希)
出口までは、もう、すぐそこだったのだ。
俺はりうの手を出口へと案内しながら、とあることを考えていた。
――― もしも、いつまでもこの手を離さないでいられたのなら・・・
「優希君」
突然のりうの呼び声にびっくりしたが、なんとか俺は冷静を装った。
「出口・・・見えてきたわよっ!」
上を振り向くと、俺の視界の向こう側に、星のような小さな明かりが見えた。
「よしっ。もうひとふんばりだ」
俺とりうは確かに出口へと向かっていた。お互い、きっとあの光りの先にある光景を思い浮かべていたに違いない。
それからの記憶は断片的で、よくは覚えていない。
ただ、大きな地響きがした後、なにか大きな衝撃が体の中を支配し、気がついたら闇の中でほぼ身動きが取れない状態になっていたのだ。
りう・・・りうは無事なのだろうか。
俺はりうの名前を呼んだ。
しかし返事は無い・・・そう思った時。
「・・・・くん・・」
「りうっ」
俺達はお互いの無事を確認し合った。とりあえず、りうも大した怪我はしていないということを聞き、ほっとした。
それからは、俺達は自分が今どういう状態なのか、あの時いったい何が起こったのか、お互いそれはまるで自分の存在を確認し合うかのように話をし続けた。
「私達・・・これからどうなるのかしら」
「さぁ・・・」
身動きも取れない闇の中で、俺は外にいるみんなのことを想い浮かべていた。
きっと、今頃、外にいるみんなは大騒ぎしているんだろうな・・・。
みんなの必死になる顔が、目に見えるかのようにはっきりと脳裏に浮かんでは消えた。
「りう・・・」
「・・・ん?」
そして、最後に浮かんだ映像は、木々の緑を思い出させるような少しくせのある髪を靡(なび)かせ、ぴんくと一緒に楽しそうにはしゃいでいるりうの笑顔だった。
「お前の夢・・・服を作る仕事に就きたいっていう話・・・」
「それが・・・どうかしたの?」
だんだんと、この空間の空気は薄くなっていた。
「・・・応援するよ」
しばらく返事は無かった。ただ、その後小さな声で、「ありがとう」という言葉を聞いたのを最後に、俺は意識を失ったのだった ―――
10/21(アスラエル)
誰もが声を失っていた。
「そんな・・・」
めうちゃんはその場で膝(ひざ)をついたまま、動けなくなってしまっていた。
俺はその身体を軽く両手で支えた。
「めうちゃん・・・」
・・・震えていた。
その時、めうちゃんの頬に一粒の涙が流れ落ちた。
その時である。
「んぴょんぴょんっ!」
一匹の愛さが、崩れた土を素手で掘り始めたのである。
みうちゃんだった。
「誰かスコップをっ!」
ゆうさんが後に続く。
俺は立ち上がり、その場にいた愛さ達にありったけのスコップを集めるように、それから、愛さこい村にもこのことを伝え手伝ってもらうように、という伝言を頼んだ。
「めうちゃん!」
俺はめうちゃんの肩を揺さぶった。泣いている暇は無い。時は一刻を争うのだ。
めうちゃんはごしごしと涙を拭くと、立ち上がってひとこと言い放ったと同時にみうちゃん達の後に続いたのだった。
その時にはもう、いつもの真剣なめうちゃんの瞳に戻っていた。辛(つら)いはずなのに。その辛さを微塵(みじん)も感じさせない眼差(まなざ)しに、胸が痛んだ。
「スコップ!!!」
10/21(たると)
誰かに恋をするということ。
そして誰かを愛するということ ―――
それらすべては、自分を甘やかすためのくだらないモノだと思っていました。
平等ではない愛は憎(にく)しみを増やすだけだと思っていました。
みうさんは一生懸命に、土や石を素手で退(ど)かしています。
それを見たゆうさんがみうさんの行動を制止させました。いつの間にか、みうさんの手は血だらけになっていたのです。
みうさんはゆうさんに抱きつきその涙を抑えることもなく、またゆうさんはそのすべてを受け止めていました。
その姿を見ていると、きっと、愛というものは、生き物すべてが生まれながらにして共に幸せに暮らしていくために身につけた本能なのかもしれない、と思ってしまうのです。
くだらなくてもいい。笑われたっていい。非難されてもいい。今、目の前に少しでも救えるものがあるのなら、私はそれを見捨てることなんて出来ない。どんなことがあっても、絶対に見放したくはない。
それが、私の出した「愛」という名の意味の、答えなのです。