8/16
「ふ〜ん。そういうこと」
扉の向こう側に、闇に身を隠す男性が一人笑みを浮かべていた。
8/17(りう)
幻の競技のことを聞いてから、みうは朝からそわそわしっぱなしだった。
「ちょっとは落ちつきなさいよ」
私の言ったことは、まるで耳に入っていない。ちゃんと両側に一つずつ耳が生えているのに。あっ、垂れているから耳の穴が塞がっていてそれで聞こえないのか、なんて。
「待ち遠しいのぴょん〜。早く6日後にならないかな〜、んっぴょん!」
こうしてみると、部屋の中はみうにとってみれば本当に狭い空間なのかもしれない。いや、みうが暴れん坊なだけなのかも。
「今日だって、競技あるのよ。今から元気いっぱいで、本番疲れても知らないからね」
「大丈夫ぴょんvその時はりうちゃんにおんぶしてもらうからっ」
これまた笑顔いっぱいで言ってくれる。もう、私がいないと何にも出来ないんだから。
「しょうがないわね。あっ、そうだ。優希君におんぶしてもらえばいいじゃない」
突然振られて焦ったのだろうか。優希君はあたふたしている。
「え〜っ、りうちゃんがいいのぴょん〜」
優希君はさぞかし複雑な心境なことだろう。突然振られて、そして拒否されているのだから。
私は可笑しくなって、ついくすくすと笑ってしまった。優希君はというと、本人はそっぽを向いている。きっと赤くなっているに違いない。
「分かったわ。今日の競技、頑張りましょうね。優希君も一緒に」
「んぴょんっ!」
優希君からの返事はない。そのかわりに「はぁ・・・」という溜め息をついている。顔は相変わらず向こうをむいたままだった。
8/17(優希)
「宝さがしなんかしてていいんですか、聖美さん」
「いいにきまっているじゃない」
笑顔で聖美さんは言った。でも、今はこんなことをしている時じゃない。今でもアクアが俺達を狙っているというのに。
アクア。その組織は巨大すぎて、俺でもよくは分からない。
知っていることといえば、その組織は「自然保護活動」と銘打って、自然に住む動物達を捕獲、場合によっては殺戮をしているということ。
そして、なんの理由でだか知らないが、特殊部隊が結成されているということ。
それだけだった。
「今は宝さがしが最優先よ。アクアのことは、それから考えましょう」
聖美さんはそう言って、ぴんくと黄色の2匹、そしてりうの方に小走りで行ってしまった。聖美さんが向こう側に合流すると、ここぞと思う場所をみんなして一所懸命に宝と思われるものを探している。
地面に両足をついて一生懸命に探している聖美さん。洋服に泥がついたとしても関係ないらしい。何やら、ぴんくが聖美さんに話かけている。聖美さんも笑顔で答えている。
そんな姿を見ていると、次第に俺も、なんだかこれはこれで良いのかな・・・なんて思ってしまった。
そんな時、ぴんくが俺の方に向かって大きな声で叫んできた。
「こっちきて、一緒に探してぴょん!早くしないと他の誰かに見つかっちゃうのぴょん!」
あーもうっ、やけくそだ。
「宝って、どんな形してんだよ!」
俺も自然と大きな声を出していた。詰まっていた気持ちが、すっと何処かに吹き飛ばされてしまったような気がした。
「こーんなの!」
ぴんくは両手を丸く、円の形にしてみせた。
「そんなんじゃ、全然分からねーよ・・・」
俺は小走りに走っていく。その先には、聖美さんを含む、たくさんの笑顔が溢れていた。
8/18(めう)
宝さがしが終わった翌日の夕方。
「結局、一つ見つけたんだからそれで良いじゃないの」
私は、今もだだをこねているみうちゃんに言った。
「だって・・・1個だけなのぴょん・・・」
落ちこんでいる。そんなみうちゃんはとっても可愛い。少し涙目になっている。
私はとっておきの魔法の言葉を出すことにした。
「幻の競技・・・」
「んぴょんっ」
突然、みうちゃんの垂れていた耳が上にぴくっと上がる。この反応もまた楽しみの一つでもある。
「あと5日ね」
みうちゃんは立ち上がり、楽しそうにぴょんぴょんと跳ねている。この回復ぶり。もしかしたら、みうちゃんは雑草さん達より立ち直りが早いのかもしれない。
「たくさん、点数がとれると良いわね」
自然と笑みがこぼれた。みうちゃんもいつもの元気一杯の笑顔で笑っている。
ぴょんっ!
突然、みうちゃんは私に抱きついてきた。嬉しい気持ちが、押さえきれなかったらしい。
「ほらほら、みうちゃんてば。そんなにばたばたしないの」
「だって、幻の競技が待ちきれないのぴょんっ」
この反応、どこかで見たことがある。あ、そうだ。おいしい食べ物を私がみうちゃんの目の前で作っていた時にも確かみうちゃんはこんな反応をしていた。
その時、クッキーのような木製の扉が開かれた。
「お水、汲(く)んできたのぴょん」
りうちゃんが水籠を台所まで運んでくれた。
「ありがとう。もう少しでお夕飯出来るから、それまでちょっと待っててね」
私は、作りかけのにんじんスープにおたまを入れて、かき混ぜた。ぐつぐつと良い匂いがする。
そんな匂いを嗅ぎつけたのか、優希君が扉からそっと入ってきた。
「遠慮なく入ってきていいのよ」
それでも優希君はまだ遠慮がちに扉を閉める。
優希君はあの日から、ずっとこの家の横に作られた一人用の小屋で暮らしている。さすがに、女の子がたくさんいる一つ屋根の下で一緒に暮らすということは遠慮したいのだろうか。優希君は自分一人で、家の横に自分専用の小屋を作ってしまったのだ。大きさは人間一人がゆったりと寝ることの出来るぐらいの広さはある。やっぱりそこは男の子、力仕事はお任せである。
私は出来あがったにんじんスープをみんなの座る机の上に一つ一つ順番に置いていった。
「おいしそうなにんじんスープね」
りうちゃんがお皿にスープをよそっている私の横から、顔を覗かせて言った。
「ふふふっ、ありがとうりうちゃん」
その反対側から、こんどはみうちゃんがやってきて・・・
「ちょっと味見っ」
そういって、指をスープの中に入れようとして。
「みうちゃんっ」
遅かった。案の定、みうちゃんは熱いスープに指を入れてしまって、はふはふと騒いでいる。りうちゃんが水で指を冷やしている姿をみて、優希君は呆(あき)れ顔をしている。聖美さんも困った顔をして、みうちゃんの指をふーふーっと息を吹きかけて冷ましている。それでも、みんなの雰囲気はとても明るいものだった。
そんなみんなが集う、愛さこい村。普段は、ごく静かなこの村のなんでもない一日、なんでもない日常が、少しずつだけれど変わってゆく。それは少し強引に、そして、それがあたりまえのように。
時には、このままの時間の流れをそのままに感じていることがとても心地良いものだと感じたりもするけれど、時には、人に何かをしてあげたい、と想いを馳(は)せることもある。
いや、その想いに身を委(ゆだ)ね、私は今ここにいるのかもしれない。
私は、この村も、ここに住むみんなも、すべてがとても大好きなのだから。
8/19(めう)
「みうちゃんは今、何位?」
「うーんと・・・213位ぴょんっ」
「私は・・・192位」
「聖美さんは?」
「まだ、678位みたい」
紅茶を飲みながら、お昼食後のティータイム。私達の話題は、もっぱら愛さこい村大運動会だった。
昨日からみうちゃんは、この話題のことで頭がいっぱいらしい。暇さえあればぴょんぴょんと飛び跳ねていた。毎日、ご飯を食べた後、すぐに玄関から飛び出していくという習慣は無くなったものの、またこれはこれで大変である。
「でも、なんで聖美さん幻の競技見つけられたのぴょん?」
みうちゃんがまだ熱くて飲むことの出来ない紅茶をふーふーっと冷ましながら聖美さんに尋ねた。
「うーん、たまたま・・・ね。」
そう言って聖美さんは私の方をちらっと見た。
「えっ、めうちゃんと聖美さん、何か知ってるの?」
勘の良いりうちゃんは、聖美さんの仕草一つ一つを見逃すことはない。
「たまたまっ」
聖美さんはそう言って、笑顔でごまかしている。
「ふーん。」
深追いはしないりうちゃん。
「幻って、どのくらい幻ぴょんっ?」
と、そこでみうちゃんが突拍子もない発言をした。みうちゃんの思考回路は、みんなとは少しずれている。そこがまた良い所なのである。
「そうねぇ・・・幻っていうぐらいだから、見えないぐらい幻じゃないのかしら。」
私も意味不明な言葉を口にしていた。みうちゃんの性格が少し移っちゃったのかもしれない。あまり的確な回答にはならなかったけど、なぜかみうちゃんは何か納得しているらしい仕草をしている。
「それは本当に幻ぴょん・・・」
意味ありげに答えている。
そんな、仕草の一つ一つが面白い。聖美さんもくすくすと笑っている。
私もおもしろおかしくなって、くすくすと笑ってしまう。
それに連鎖反応をするかのように、りうちゃんも笑い出してしまった。
「みんなして、何がそんなにおもしろいのぴょん?」
みうちゃんだけが、訳も分からずその場で不思議そうな顔をしている。そして、みうちゃんにはそれが不愉快に感じたのだろうか。紅茶を一口、ぐいっと飲みこんだ。
「熱いぴょっ!」
その場にいた全員が大爆笑をした。
8/20(優希)
「平和すぎる・・・」
俺はその静けさに不安を覚えていた。
相手はあのアクアだ。さすがにここ数日の間で何が起こっているのか、何も考えていない訳がない。
そんな中、今もあの家の中からは笑い声が聞こえてくる。相変わらず、ぴんくの声はよく響く。
「見張りにでも行ってくるか・・・」
俺は何故か気持ちが落ち着かなかった。すっくと立ち上がり、剣を背中に備え、小屋の扉をあけた。
目の前には、眩しいぐらいの晴天。そして、りうの髪の色に似ている一面の海。
ふと、りうの顔を思い出してみた。そこには、可愛らしく微笑むりうの姿があった。
俺は心地良い風に吹かれ、ふと我に返った。何を考えているんだかまったく。心臓が、まだどきどきしていた。
「優希」
突然、背後から低い音程の声。背筋に緊張が走る。いつの間に・・・。
「いつから、うさぎの仲間に?」
「この声は・・・」
特殊部隊の一人。瑛緋(えいひ)だった。
瑛緋はなぜかくすくすと笑っている。
「優希に攻撃する気はない。少なくとも今は・・・それより」
瑛緋は俺の肩に手をおいて、耳元でささやくように言った。
「俺も愛さこい村大運動会とやら・・・に、混ぜてほしいんだけど」
瑛緋は微笑んでいる。背筋がぞくぞくっとした。俺にはまったくと言っていいほど、瑛緋が何を考えているのか分からなかったのだ。
8/20(聖美)
「瑛緋さん・・・っ」
瑛緋さんと優希君が同時に扉を開けて入ってきた。瑛緋さんが優希君の肩を抱くようにして入ってきたので、他のみんなは、いったい誰が来たの?といった感じで、不思議そうに扉側に立っている二人を見つめている。
「久しぶりです聖美さん。はじめまして、特殊部隊隊員の瑛緋と申します」
「怪しいのぴょん」
みうちゃんの第一声。どうやら、そういう勘だけは鋭いようだった。いや、何処の誰が見ても、確かに怪しいかもしれない。
「いつからこの村に?」
私は疑問に思ったことを口にする。
「優希がこの村についた日と同時に」
「優希君をどうするつもりなの」
椅子に座っていた私はすっくと立ち上がり、瑛緋さんと優希君のいる方に向き直った。
「別にそういうわけで来たんじゃないんです。ただ、愛さこい村大運動会とやらに参加させてほしくて」
瑛緋さんは、はははっと笑いながら答えている。
「混ぜてほしいって・・・隊長からの指令で来ているんでしょ?」
「いいや、俺の独断で来たんです。もしかしたらって・・・いや、なんでもない」
あやしい。相手が瑛緋さんだけに、尚のこと。
「ただ、賭けをしようと思って」
賭けって・・・。いったい何を企んでいるのか、私にはさっぱり分からなかった。
「幻の競技とやらでもし俺が勝ったら・・・」
「別に私はいいわよ」
突然、うしろにいためうちゃんが言った。
「そのかわり、自分の住む家は自分で建ててね」
優希君みたいに、と付け加えてくすくすと笑っている。
「ありがとう。じゃ、遠慮なくそうさせてもらいます」
そう言って、強引に優希君と一緒に、扉の外へと消えていってしまった。
「特殊部隊って・・・みんな良い方たちばかりなのね。嬉しいわ」
めうちゃんが手を頬にあてながら笑顔で言った。
「そういうわけじゃぁ・・・」
めうちゃんてば、相手の賭けの内容も聞かないで・・・。もうどうなっても知らないんだから。
めうちゃんは、相変わらずくすくすと笑っている。そんな笑顔を見ていると、なんだか私まで和み、ついにはくすくすとまで笑ってしまえるから不思議である。
もしかしたら、この愛さ達は、すべてを和ませ幸せにしてしまう、そんな魔法を使いこなせちゃうのかもしれない。
そんな私とめうちゃんがくすくすと笑っている姿を横目で見ていたみうちゃんとりうちゃんも、次第に普段となんら変わらないいつもの生活へと戻っていった。
海から聞こえる波音が、ゆっくりと部屋の中にいる私達を包み込む。部屋の窓からは、海鳥が、寄せては還す波の上を高雅な声をあげながら気持ち良さそうに横切っていくのが見えた。
その風景は、まさに、平和そのものなのだった。
8/23(りう)
幻の競技・・・いったい、どんな競技なのだろうか。
考えたところで、何がはじまる訳でもない。聖美さんの先導で、みう、めうちゃん、それに優希君と瑛緋君と私、計6人でその場所に向かった。
それは、いつも私が水を汲んでいる森のさらに奥にある崖の上にあった。上から下を見下ろすと、海からの波が岩に勢いよくぶつかっている。すぐ横には比較的大きな川が流れていて、川と海との水の合流地点となっていた。
「聖美さん・・・こんなところで、よく見つけたわね、幻の競技」
私がさぐりを入れたとしても、聖美さんは決して口をわるようなことはしない。
「たまたまよ」
その笑顔が、またとても綺麗だった。
その崖の上には、看板が立ててあった。
書かれている内容を見ると、「幻の競技、8月23日13時にて集合」
と書かれてある。
「もう時間だけれど・・・誰もこないわね」
私は不安に思っていた。けれど。
「もう来ているわよ、その係りと思われる方(かた)」
聖美さんはそう言って、めうちゃんの方を見た。
まさか・・・。
私は息を呑んだ。
8/23(瑛緋)
幻の競技の内容とは・・・。
それは「愛さこい村大運動会の実行委員になること」
それだけだった。
これでは賭けどころではなくなってくる。
俺が困っている姿を察するように、実行委員と思われる愛さが、すっと背筋を伸ばして言った。
「実行委員になること。それが、幻の競技の内容です。ただし条件があります。このことは絶対に他言は無用です」
そう言って、実行委員と思われる愛さは、意外と楽でしょ?と言ってみんなに笑顔をふりわけた。
「そ・それじゃぁ、賭けはどうなるんだっ!?」
俺は問い詰めた。その実行委員というのが、俺がとてもよく知っている愛さだったからだ。
「さぁ。勝ちで良いんじゃない?あなたが決めたらいいわ」
笑顔であしらわれてしまった。
だから、俺は自分の都合の良いように解釈をした。
俺は静かに、優希に近づいていく。
「瑛緋・・・っ?」
優希が不思議そうに俺を見つめていた。
「そういうことだから。賭けには俺が勝ったということで」
俺はそう言って、優希のそばまで近寄っていった。
優希は相変わらず、何がどうなっているのか、不思議そうに俺の顔をながめていた。
俺は、その顔にすっと自分の顔を近づけ、頬にそっと唇を寄せた。
その瞬間、その場にいた全員が、時間という存在を忘れてしまったかのように、ただその場に立ち尽くしていた。
これと同時に、俺の愛さこい村大運動会実行委員の仲間入りは、無事に決定したのである。
ふはははっ。
笑いをこらえるのに、必死だった。
8/23(聖美)
「おもしろかったわね、みんなのあの驚いた顔といったら・・・」
私がそう言うと、めうちゃんもくすくすと笑いながら答えた。
「でも、あの時はびっくりしたわよ。看板を立てようと思ったら、いきなり聖美さんが現れるんだもの」
「私だってびっくりしたわ。なんでこんな所に・・・しかもこんな時間にめうちゃんが居るの、って」
そう。8月16日、私は見回りをするために、昼食を取り終えみんながそれぞれの用事で家から出ていった後、私もあとを追うようにしてめうちゃんを残したまま家を出たのだった。
アクアから出発した船が泊まりそうな場所・・・私はこれといってあてもなく、ただアクアから新しく送られてくる特殊隊員のことを考えながら歩いていた。
今度はいったい、いつ、誰が、この村に送られてくるのだろう・・・。そして、この村に特殊部隊を送るアクアの目的とは・・・
少しずつ日が傾き、やがて、影があるのかどうかも分からないほどにあたりは暗くなっていた。つい考え込んでしまったようだ。私はもうそろそろ家に帰ろうかと思い、家の方向と思われる方に向かって、歩き出した。
その時だった。
「んぴょんっ!?」
めうちゃんが、看板を地面に突き刺しながら、びっくりした表情をしながら私に言った。
「な・なんで聖美さんが、こんな所にいるのぴょんっ!?」
めうちゃんが驚いたように、私に疑問を投げかけてきた。
私には意味がわからなかった。逆になんで、めうちゃんがこんな時間にこんな所で看板を地面に突き刺しているのか。
「めうちゃんこそ・・・その看板は何?」
私は看板に書かれている文字を見た。
『愛さこい村大運動会 幻の競技 6月23日、この場所に集合』
そう書かれていたのだ。
私は混乱していた。アクアが特殊隊員を送ろうとしていること。そして、幻の競技の内容が書かれている看板を持っているめうちゃんが私の目の前にいること。それらをすべて一つの糸につなげるということは、現時点での私の思考回路を駆使したとしても出来なかった。
「幻の競技・・・」
私は、その看板に書かれてあった内容をただ音読した。
「しょうがないわね・・・みんなにはそのときが来るまで絶対、内緒よ。」
めうちゃんが私に言った。めうちゃんの目は真剣そのものだった。
「わかったわ。内緒ね」
そういって、めうちゃんから私は事のすべてを聞いたのだった。
8/23(りう)
いきなり瑛緋さんが、優希くんの頬にキスをした。
私にはまるで状況がつかめなかった。
「え・瑛緋さんは、優希くんのことが・・・好きなの・・・?」
私は恐る恐る聞いた。
「賭けだからね」
瑛緋さんは、笑顔で答えている。でも・・・
「それは良くないわ。だって、瑛緋さん、優希くんの気持ちを無視しているもの。好きとか友情とか、そういうのって相手がいてこそ出来るものでしょう?それなのに、自分の気持ちを一方的に相手に押し付けるのは、愛情でもなんでも無いわっ」
少し興奮ぎみに言ってしまった。言ってしまったものは仕方が無い。後悔したとしても押し通す!
「その通りだね・・・すまない。悪かった優希」
そう言うと、瑛緋さんはがっくりと頭を垂らした。
優希君は、未だその場で固まっている。
「でもなんでめうちゃんが、幻の競技の内容を説明しているのぴょんっ!?」
そのすぐ後から聞いた話だけれど。
めうちゃんは、どうやら愛さこい村大運動会の実行委員だったらしい。
実行委員は全員で2名。その2名で今まで大運動会の歴史を作ってきたのだと、めうちゃんから聞いた。
「なんで今まで黙っていたのっ!?」
私がめうちゃんに、感情を押さえきれないままに聞いた。
「だって、誰にも言わないっていうのが、実行委員になる条件だから・・・」
めうちゃんが、初めて申し訳なさそうにその場にうつむいた。何だか、私が悪いことをしているみたい。
「わかった。もう聞かないっ。そのかわり、もう私達、実行委員だからねっ。これからは隠し事は無しよ」
こんなに激しい物言いをする自分、今までにあっただろうか。
いや、無い。
少なくとも、この愛さこい村に来てからは、こんなに感情をあらわにすることはなかった。瑛緋さんのことが影響しているのだろうか。
「ありがとう、りうちゃん。これで私も・・・心の荷がおりたような気分だわ」
そう言って、めうちゃんが笑顔で答えている。
めうちゃんを含め、たった2名だけで今まで支えてきた愛さこい村大運動会。手伝ってくれる動物たちを含めたとしても、今まで主な内容はその2名でやってきたと言う。今にいたるまで、どれほどの苦労があったのだろうか。
「ごめんなさいめうちゃん・・・つい興奮してしまって・・・。私達も、これから愛さこい村大運動会の実行委員・・・なんだかこそばゆいわね」
仲良くやっていきましょ、と私はにこっと笑いながら言った。めうちゃんが、ありがとう、と言って私に抱き着いてきた。決して、悪い気分ではなかった。
「相談事があるんだったら、これからははやく言ってね・・・めうちゃんもいつもは私達よりしっかりしているのに、いざという時となるとみうみたいに世話がやけるみたいだから」
そう言うと、めうちゃんは嬉しそうに笑いながら少し涙目になった。自然と、私からは笑顔があふれていた。
帰り道。
ふと疑問に思ったことを口にした。
「そう言えば、なんであの時、賭けの内容も聞かないうちに瑛緋さんのこと了承したの?」
めうちゃんは、あぁ、と手をぽんっと軽く合わせて言った。
「実はね、その何日か前に、私、瑛緋さんと会ったのよ」
「えぇっ!?」
ついびっくりして大声をだしてしまった。だって、相手はあのアクアだ。それなのにめうちゃんったら・・・
「その時にね、愛さこい村に危害を加えるつもりはない、って聞いていたの。目的は別にあるんだって。だから内容までは聞かなかったんだけど・・・」
その目的とやらが、優希君なわけだ。彼はまだ、水分の足りていない枯れかけた小枝のように、とたとたと瑛緋さんに促されながら歩いている。
「優希君・・・大丈夫かな」
めうちゃんも優希君の方に振りかえって見た。その小枝というやつを。
「重症・・・かも」
その心配そうに言っためうちゃんの顔がかわいくって、つい私はくすくすと笑ってしまった。
その時、聖美さんが優希君のその様子を心配したのか、優希君に近寄ってそっと頭をなでた。
「心配することないわ。別に優希君の責任ではないんだし」
そう言うと、聖美さんはぽけっとから何やら取りだそうとしている。
その時、優希君が聖美さんのからだごと、がばっと両手で抱きついた。
「聖美さんっ」
あらあら、と困ったように聖美さんが言った。そして、抱き着いてきた両腕をゆっくりとほどくと、さっきポケットから取り出そうとしたハンカチを優希君の目の前に差し出した。
「はい」
「す・すみません・・・」
「こまった子ね」
そういって聖美さんはくすくすと笑っている。
どうやらこれで優希君の重症と思われた傷は、軽い擦り傷程度ですみそうだった。一件落着。
ただ、その後、優希君と瑛緋さんとで一悶着あったということは、言うまでも無い。