愛さこい物語 <聖美編>
 

7/27(聖美)
何もかも、どうでもよくなっていた。
自分がなぜ、生きているのかも。

唯一、癒しとなるのは、自然だけだった。
見ているだけで、不思議と心が和らいだ。
やりのこすことは何も無い。
やりのこしたいことも何も無い。

だから、今、「アクア」の特殊部隊に所属している。
別に意味は無い。幼い頃、気がつけば優秀な人材として、あつかわれていた。
そして、当然のごとく特殊部隊への所属が決まった。
だけど、私にはどうでもいいことだった。
ただ、そこにいるだけ。
ただ、流れに身を任せている。いっそのこと、私をどこかに流して欲しい。消えて無くなればいい。
ただ、そう思っていた。


7/31(聖美)
今回の任務は『愛さこい村の完全破壊』
たいして難しくはない。
場所は、ここよりさらに北上したとある小さな島。
生息数は不明。種の攻撃性は・・・なし・・・か。

「最悪ね。」
なぜこんな任務がまわってきたのか分からない。だが、隊長の命令ならば、しかたのないこと。
私は船にゆられながら大きな溜め息をつく。
白色の小さな船。操縦は遠隔操作だから何もすることはない。船内はベッドとキッチンという簡単な作り。甲板には椅子が一つとテーブルが一つだけ。
私は椅子に座りながら、静かに目を閉じる。海風がとても気持ちいい。風の音も。鳥の声も。でも、少し暑いかな。
目線を指令書に戻すと、その渡された指令書の最後の方に書かれている文字に、私は自然と興味が惹かれた。
『備考:愛さこい村では今、大運動会が行われている』

「おもしろそう」
少しだけ、見てみたい気がした。


8/1(聖美)
いつから私は自然を好きになったのだろう。
私は目を閉じ、昔を思い出す。記憶は断片しかない。あまり思い出せないのだ。

かすれたその景色には、目の前に一本の大きな木が瞳いっぱいにうつっている。
空はまぶしいぐらいの青空。その太陽の恵みを受けようと木は精一杯に葉を実らせ、その葉を風が揺らす。まるでゆりかごに揺られているような気分になる。とても心地良い。
私は大きく深呼吸をする。瞳を閉じて。
「ふー・・・」
もう一度、大きく息を吸う。
「すぅー・・・ はぁー・・・」
気がつけば私は微笑んでいた。その時はなぜ微笑んでいたのか分からなかったが、今なら、少し、わかる気がする。
きっと、その時からだろう。私が自然を好きになったのは。


8/2(聖美)
私の存在する意味。理由。
それはない。
そう思った時、すべての謎がとけた。
だから私は、それが真理なのだと思った。
皆、意味が無いから、自分の好きなことをする。
なら、私はこれからどうすれば・・・。

愛さこい村に到着したのは、夕日が海をオレンジ色に染める夕暮れ時だった。
私はただ、なんとなく歩いていた。静かな空気の中。風が髪をなでる。まるで、私を慰めているような気がした。
気がつくと、小さな丘の上に立っていた。ここからは村の風景が一望できる。
私はこれから、この村を、破壊する。
子供も大人も、痛みを感じることのないうちに死ぬだろう。そのための訓練をいままで、ずっと、受けてきた。
風が強くなって、肌寒い。もうそろそろ、日が落ちる。任務を遂行するのは明日にしよう。
そう思って振り返ったその時。
「んぴょん・・・?」
小さな愛(う)さミミを顔の横に垂らして、不思議そうに私を眺めている少女が、夕日を背に受けてたたずんでいた。


8/3(聖美)
その少女は、どこの誰だかもしれない私を、何を聞くということもなく快く家に招待してくれた。
玄関からすぐ右手にある大きなテーブルに私を座らせると、《めう》と名乗ったその少女は台所に向かい、しばらくするとなにやらコトコトと煮込む音が聞こえてきた。すぐに良い匂いがしてきたので、私は複雑な気持ちになった。
スープが私の目の前に運ばれてくる。
「今夜は風が強いから、うちに泊まっていったらどう?」
笑顔でそうこたえられると、つい私も気が緩んでしまう。
「いいのかしら」
「遠慮なくどうぞ。やかましいのもいるけどね」
そう言って、彼女はくすくすと笑う。外見は少女なのに、その表情はとても穏やかで温かい。
やかましい、という彼女の言葉どおり、玄関からすぐ右手に私の座っているテーブル、その奥に二階へと通じる階段があり、その右横にさらに奥の部屋へと通じる廊下の奥から、んぴょんぴょんっ!という声が聞こえてきた。
言い争いをしているようにも聞こえるが、どうやらはしゃいでいるようだった。
「二階にベッドがあるから、それを使ってね。それから、あっちで騒いでいるのが、《みう》と《りう》よ」
挨拶して、という少女の呼びかけに応じて、2匹の愛さが奥の廊下からこちらに向かってきた。
「はじめまして。りうと申します。こちらはみう。よろしく」
りうという少女は、髪と瞳が緑色。とてもおちついている感じがして笑顔がかわいらしい。みうと紹介された少女は、髪がピンク色。瞳が大きくっていかにも元気いっぱいといった感じがした。
「よろしくぴょんっ!」
「こちらこそよろしくね」
みうと紹介された少女は、予想通り、元気いっぱい。
「そういえば、明後日『おみこしリレー』があるんだけど・・・」
この家に招いてくれた《めう》が手を頬にあて、困ったように言った。
「もし、聖美さんがよければ明後日の『おみこしリレー』、私達と一緒に参加してほしいんだけど・・・」
聞くと、どうやらその『おみこしリレー』というのは、チーム対抗戦らしい。おみこしを4匹で担ぎながらゴールまで走る、といったゲームだった。
「私でよければ、ぜひ参加させてください」
この愛さこい大運動会には、少し興味があった。少しぐらい参加したところで、何もかわらない。なら・・・。
「ありがとうっ。これで、明後日のレースは大丈夫ねっ」
《めう》は笑顔で他の2匹に言った。
私は、人参の匂いがするスープを口に運ぶ。とても温かくておいしい。
明後日はどんなレースが待っているのか。考えると、少し、胸がドキドキした。


8/4(聖美)
『おみこしリレー』には、思いのほか、たくさんの愛さ達が参加していた。
まわりを見渡してみると、中にはウサギの他にも、熊、きつね、ねこ等、たくさんの動物達が混ざっている。
「いろんな動物がいるのね」
私はその場で思ったことを素直に口にした。
「そうなの。この村では、毎年たくさんの動物達が移り住んでくるのね。だから、中には知らない動物もいるけれど、もうみんな慣れっこ。楽しんだもの勝ちよ」
ふふふ、と笑いながら、めうは答えた。
この村では、たくさんの動物達が共存しているらしい。人間ではありえないことだった。

「そろそろスタート位置についてください!」
係員と思われる愛さが大きな声で呼びかける。
「準備はいいですか!? では行きます! よーいっ」
さっきまでの和やかな雰囲気をひきずったまま、それは始まった。
「どんっ!!!」
「聖美さんだけ、背が高くって重いのぴょんっ!!!」
私はおみこしの右後ろを担いでいる。その隣がめうちゃん。前の二匹がりうちゃんとみうちゃんである。当然、他のみんなより背の高い私が担(かつ)いでいるおみこしは、前方に重心がかかることになる。
「スタートしてすぐ、弱音を吐かないのっ!」
りうがすかさずのつっこみ。
「重いったら、重いのぴょんっ!」
それでも、ひたすら走っている。息もぴったり。ゴール目指して一直線。
前の二匹漫才を聞きながら、私はなんだか楽しんでいる自分を感じていた。


8/5(聖美)
結果は57組中13位と、かなりの好成績を残したが、レースの終盤でみうちゃんが「湖を泳いで近道するのぴょんっ!」って言わなかったら、もっと良い結果を出していたに違いない。けれど、それについては誰も批判などするはずも無かった。 多少のアクシデントは付き物。皆、楽しんでいたのだ。
「ところで、このおみこしには何が祭ってあるの?」
ゴールした直後、ふと疑問に思ったことを私は口にした。
「あっ、これにはね。木の苗が入っているの。ほら、この場所にね、植えるの」
そう言って、めうちゃんはまわりを見渡した。
『おみこしリレー』のゴール地点には、一面の野原が広がっていた。風がそのままに吹きぬけている。
「前にね、ここにあった木々を切って、家を作ったの。だから、その償(つぐな)いにね・・・」
木を切ったから、その場所に木の苗を植える。知恵のある動物の自己満足なのかもしれない。けれど、私にはとても温かく感じられた。
「また、元の自然の姿を取り戻してほしいから。」
そう言って、めうちゃんはおみこしから苗を取りだし、地面に一つ一つ、丁寧に植えていく。
先にゴールした動物達も。後からゴールした動物達も、次々と後を追うように、苗を植えていった。
私も当然のごとく、めうちゃんの手伝いをした。手で地面を掘って苗を植える。手についた泥の匂いは、とても懐かしい匂いがした。

「ねぇ、みう何処?」
緑色の瞳と髪が印象的なりうちゃんが、気がついたら何処かにいなくなっているみうちゃんを心配するかのように言った。
「そういえば、さっき、人参の苗を植えるとか何とか言って、はりきって何処かに行っちゃったみたいだけど・・・」
めうちゃんがそう言うと、少し離れたところで、一生懸命に何かを植えているみうちゃんを発見。
「やっぱり人参ぴょんv」
無邪気に人参の苗を植えているみうちゃんを、私を含めた三匹は、くすくすと笑って見つめていた。


8/7(聖美)
船内にある通信機を何日かぶりに見てみると、『近況を報告せよ』という内容が書かれているFAXが再三にわたって送られてきていた。
ここしばらく連絡をしていない私は、出来るだけ早く本部にFAXを送りたかったのだが、いったいどのような内容を返信すれば良いのかずっと悩んでいた。
愛さこい村に到着したものの親切な愛さのお宅にごやっかいになり、愛さこい村大運動会にも出席した、なんてこと、報告出来るわけがない。
「どうしよう・・・」
私は、船内にあるベッドの上で横になり、天井を見つめながら溜め息をついた。
ウィーン・・・カタカタカタ・・・
また本部からFAXが送られてきたのだろう。通信機の機械音が船内を充満する。
私は半ば嫌になりながらも、その紙を手にとってみた。
『追加特殊要員を送る』
「えっ・・・」
そのFAXには、間違い無く『追加特殊要員を送る』と書かれていた。
新しい特殊要員が送られてくれば、まちがいなく、それは愛さこい村の破滅を意味する。
私はこの愛さこい村をここ数日見てまわり、少しずつ、ここの自然、ここの愛さ達のことを好きになっている。
それを、この私の手ではなくても、破壊されることになるなんて・・・。
私は大きな決断を迫られていた。


8/8(聖美)
大きな壁の正面に立ち、私は下から上まで息を大きく吸うようにしてそれを見回した。
上までどのくらいあるのだろう。
まだ幼かった私にとって、それはまさに天国に通じているものだと思わせるほど巨大な建物だった。
白く、とても綺麗だった。いや、正確にいうと、そのほとんどが使用されていない真新しいものだったからかもしれない。
なぜだか私は、無我夢中でその壁一面にらくがきをした。ただ、気の向くままに。本能にまかせた行動は、おさまることを知らない。
気持ちがすぅーっとした。こんな気持ちは初めてだった。
「外に出たら駄目じゃないか」
扉から出てきたその背の高い男の人間は、私のすぐ目の前まで近寄ってきた。太陽のせいでまぶしくて、その男の人間の顔ははっきりとは見えなかった。
「遊びは終わりだ。訓練を始めるぞ」
私はその言葉を聞くたびに、嫌な気持ちになった。訓練なんかしたくない。箱の中に入れられているより、外に出た方がよっぽど気持ちが良い。
「い・いやっ」
それが始めての私の抵抗だった。
ばしっ!
その瞬間、私は地面の上に横たわっていた。頬が痛みをじわじわと伝えてくる。
男はその後、何も言わず、ただ私の腕を引っ張り、とある部屋に私を閉じ込めた。
暗くて冷たい部屋。ベッドとトイレが一つ。天井にある小さな窓からの光が、それを微かに照らしている。
私は意識が朦朧(もうろう)とする中、ベッドに寝そべって、頭上にあるその光の景色を、意識が眠りにつくまでずっと、眺めていた。

「・・・・さん。・・みさん。 聖美さん」
私は、誰かの呼びかける声で目を覚ました。ふと目線を声のする方へと向けると、そこにはめうちゃんがいた。いつの間にか、私は眠ってしまっていたのだ。
「聖美さん大丈夫?目から涙が出ているのぴょん」
そういうと、めうちゃんは心配そうに私の顔を覗きこんだ。
4日前の『おみこしリレー』の後、私はみうちゃんの「愛さこい村大運動会が終わるまで一緒に頑張るのぴょん!」という意見に、その場にいた全員がおおいに賛成をしてしまったため、半ば強制的にしばらくこの家にご厄介になることになった。
私はベッドからゆっくりと上半身を起こし、目にそっと手を添える。確かにそこには涙が流れていた。私はまだ誰にも見せたことのなかった涙を、そっと拭った。
「ふふふっ、いやね。なんだかこっちに来てから、少し涙もろくなっちゃったみたい」
私がくすくすと笑うと、めうちゃんもくすくすと笑う。とても親しみのこもった笑顔だった。
「聖美さん、少しみうちゃんに似てきたんじゃない?」
「えっ、そう?」
びっくりして聞き返す私の言葉を聞いているのか聞いていないのか、めうちゃんは相変わらずくすくすと笑っている。
「ところで・・・」
突然、めうちゃんは真剣な表情で話題を切り換えした。
「聖美さん。何か私達に隠し事しているでしょ」
完全に不意をつかれたその質問に、私はただただ、独り、時間に取り残されているような気分になっていた。


8/9(聖美)
私は、いつ死んでしまったとしてもいいと思っていた。それは、自分の生きる意味を失ってしまったから・・・。
「なんだか、聖美さん、いつも辛そうな表情をしているものだから・・・」
めうちゃんがうつむきかげんに私にそう言った。しばしの沈黙が流れた。
「私には生きる意味が無いの。」
涙が流れた。生まれてはじめて、誰にも打ち明けることの無かった弱音が、頬を伝ってぽろぽろとこぼれた。
「私のことなんか、誰も心配なんてしてくれないの。誰も見てくれないの。だから、私は・・・」
頑張ってきたのに・・・ そう、言葉に出来なくて、ただただ私はその場でめうちゃんの胸にすがりついた。
めうちゃんは、私の頭をそっと温もりの伝わる手で撫でた。
「とっても辛い想いをしてきたのね」
やさしい声で、私の涙を受けとめてくれる。
「でもね、聖美さん。誰も、あなたのことをどうでもよくないだなんて思ってないわよ。むしろ必要としてる」

――― 愛さこい村大運動会が終わるまで一緒に頑張るのぴょん!

みうちゃんの元気な声が脳裏に浮かんだ。
私は、いままで、自分がどう生きていけばいいのかわからなかった。生きていても他の誰かを不幸にするだけだと思っていた。
「聖美さん。あなたには自分が思っている以上に魅力がある生き物なのよ。ただ、それをあなたは見失っているだけなの」
私の目の前に、光が見えたような気がした。見失っていた光。失いかけていた光。私はそっと手を伸ばせば、それに届くような気がした。
「みんな聖美さんのこと、大好きなのよ」
その光は私が見つけた光。いや、もしかしたらそれは私が見つけたのではなく、彼女達がずっと私に照らし続けていてくれていたのかもしれない。
「無理にとは言わないけれどね」
そう言ってめうちゃんは、微笑んだ。
私は、もう、ためらわない。この村の誰も傷付けさせはしない。この村は、私が絶対に守ってみせる。
私にはもう、口から出た言葉を自分では止めることは出来なかった。今までのすべてを、めうちゃんに伝えたのだった。



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