愛さこい物語 <失われた島編>
 

8/26(りう)
「大きくなったら一年生〜 ひっとっりっでっ 出来るぴょん〜♪」
みうちゃんはあいかわらずのごきげんっぷり。
この愛さこい村では、大運動会が行われている。開催期間は一年間。あと2ヶ月弱。
私達の成績順位は、200上下ぐらい。毎年少しずつ上がって来てはいたが、決して上位にくいこめるほどの実力ではなかった。
でも、今回の愛さこい村大運動会では、聖美さんのおかげで私達は幻の競技を見つけることが出来た。
そして、来年からの愛さこい村大運動会の実行委員を任されるかわりに高得点を得られたのだ。
一気に上位にくいこめるチャンス。みうちゃんがごきげんなのもうなずける。
もちろん、上位に入った選手には、賞品が配られる。それは毎年違うのだけれど、いずれも貰って嬉しい賞品だったと覚えている。
今年の大運動会は・・・いったい何位になれるのかな。今からとっても楽しみである。

私達の住む家の隣には、優希君が建てた家が一軒。今では増設され、瑛緋さんとの二人で暮らしている。
なんだかんだ言って、うまくやっているらしい。優希君は多少なりとも嫌がってはいるものの、あんまり突き放すことも出来ず、瑛緋さんは金魚のふんとまでは言わないが、優希君にいつも付き添っている。
アクアの特殊部隊。聖美さん、優希君、瑛緋さん。今では、3人も仲間になって、とっても心強い。
でも、アクアの実態がどれほどのものかよく分からない以上、うかつに動くことは出来ない。聖美さんもこう言っていた。
「特殊部隊には、まだ隊長と副隊長、他にも何人の特殊要員がいるのかよく分からないの。だから・・・うかつに向こう側に攻め込むのは、あまり得策とは言えないわ」
こちら側は、地の利を生かして対処するしか他に方法はない。せめて、隊長と副隊長、そしてアクアを取り仕切っている人物はいったい誰なのか・・・。
清々しい青空とは対照的に、謎はまだ数多くあった。

「どきどきするけど〜 ど〜んと〜行〜け〜♪」
あいかわらず、みうちゃんは楽しそうに歌を歌っている。聖美さんまで鼻歌で合わせていた。
そんな雰囲気が、私は好きだった。何からにも追われることもなく、そして自由に自分を解放できる場所。
「いいわね、みうは自由で」
私が話しかけると、みうは不思議そうに言った。
「りうちゃんは自由じゃないのぴょん?」
「そんなことないわよ」
みうのおかげでね・・・と言おうと思ったけど、恥ずかしいからやめた。
「へんなりうちゃんっ」
と言い、みうはまた歌い始めた。
たしか、以前こんなことを聞いたことがある。
『もし、未来の生き物達に何か一つだけ残せるものがあるとしたら、何を残すのか。それは音楽だよ』
一理ある。音楽は聴いているだけで心が踊ったり安らいだり。楽しくなったり悲しくなったりもする。それはすべての生き物に共通する。ということは、全生物の共通語とも言ってもいい。
でも、私だったらだけれど、私の答えはそれとは違っていた。
私は、生き物達が生きるために必要なもの、が2つあると思っている。
一つは生き物達の愛。そしてもう一つは自然である。
この二つが一つでも欠けていると、きっとまっすぐ歩くためには、とても大変な苦労をしてしまう。
だから、出来るのであれば、一つではなく、この2つを残したい。
そして、そのすべてがある場所、それこそがこの愛さこい村なのだった。
「バイオリンでも弾いてあげよっか?」
そう言うと、みうは喜んで飛び跳ねている。
「りうちゃんバイオリン弾けるのね。すごいわ」
聖美さんが手を合わせながら笑顔で答えた。
「自慢するほどでもないけどっ」
そう言って、私は小走りに奥の部屋にあるバイオリンケースを開けたのだった。


8/27(めう)
今度の戦いは、とても大きくなると思っている。
アクア。その活動内容を聖美さんから聞いたとき、ピンときた。
「今までは自然保護活動と銘うって、動物達の捕獲が目的だったわ・・・」
動物達の捕獲・・・前回と同じだった。
思い出したくもない名前が浮かぶ。
「卯階堂(うかいどう)・・・」

私は迷っていた。愛さこい村の真実をみうちゃん達に告げるべきなのか。
だけれど、少し早すぎる。しかし、今話さなければ、一生後悔することになるかもしれない・・・。
危険は承知である。全てを話して、またそれから考えれば良い。これ以上、愛さこい村に住むみんなを危険にさらすことは出来ない・・・。
私はあふれてきた涙をすっと拭(ぬぐ)い、愛さこい村が一望できる丘へと繋がっているこの見晴らしの良い坂道をゆっくりと下っていったのだった。


8/28(りう)
「ここから島が見えるでしょ」
めうちゃんが指差して言った場所は、この愛さこい村がある遥か西にある離島だった。私達は、「話しておきたいことがあるの」というめうちゃんの真剣な顔に促(うなが)され、家の二階の窓から指差すその先を見つめていた。
「あの島にね、以前、この愛さこい村が出来る前の歴史がかかれた石版があるの。それを・・・みんなに見て欲しいの」
めうちゃんは、少し悲しそうな笑顔で全員の顔を見る。
「愛さこい村が出来る前・・・」
私はめうちゃんの言葉を繰り返し言った。
考えたこともなかった。愛さこい村はすでに私達の一部になっていた。そこにあってあたりまえの存在。それが存在しないことなんて、考えられない世界だった。
「この村は、私達が作ったのよ」
衝撃的な一言だった。その場にいた全員が言葉を失っていた。
「くわしいことは、あの島についてからね」
めうちゃんのはにかんだ表情とは裏腹に、その奥に潜む意志の強さが私達の口を紡いだ。
「移動は船で?」
一番最初に、聖美さんがその沈黙を破った。
「もしよかったら、聖美さんが乗ってきた船を使いたいんだけど・・・」
「あの船なら大丈夫。ちゃんと使えるようにしておいたから」
でも・・・そう言って聖美さんは一呼吸置いてから言った。
「4人が限界なのよね」
乗れるのは4人まで・・・。案内役のめうちゃん、そして船を操縦する聖美さん。あと二人・・・。
「それなら、このメンバーで決まりね」
めうちゃん、聖美さん、みう、そして私。
お留守番には、優希君と瑛緋君が適当だ、ということで決まった。ある意味、少し心配だけれど。
「それじゃぁ、さっそく出発の準備をしましょ。善は急げ」
そう言って、めうちゃんは早速、荷物の整理をしはじめている。
「にんじんぴょんっにんじんぴょんっ!」
みうは、どうやら食べ物の不足事態を心配しているらしい。いや、ただ単に食べ物にしか興味がないのか。
「何か特別に必要なものは無いの?」
私がめうちゃんに聞いてみたものの、別に普段通りでいいわよ、なんて言って微笑んでいる。
あの島に、どんな歴史が刻まれているのか。どんな過去が私達を待ちうけているのか。
それを思うと、私の心臓は張り裂けそうになった。


8/30(りう)
めうちゃんの案内で例の島についたのは、日が陽炎のように水平線の向こう側に沈もうとしている頃だった。
「この島よ」
めうちゃんは船から下りると、何も無い空間を見つめながらそう言った。
誰もが言葉を失っていた。
それは、誰が見ても普通ではない島だったのだから。
一面の荒野。岩と砂しか無いその島は、とても生物が住めそうな環境ではなかった。こんな島に、愛さこい村の歴史が刻まれている・・・。
「とりあえず、仲間がいるから、そこで休みましょ。そして明日、例の石版を見に行きましょう」
めうちゃんがそう言うと、どこからともなく愛さ達が姿を表した。
みんな、私達と同じように、人間の形に愛さぎの耳が生えたような姿をしていた。
「めう様、ようこそいらっしゃいました。お疲れでしょう。とりあえず、私達のテントでお休み下さい」
現れた愛さの一匹がそう言うと、その場に姿を表した愛さ全員が道案内とばかりに手を差し伸べて荒野の一方に道を作る。
「こちらです」
「ありがとう」
めうちゃんがそう答えて、その愛さ達の作る道を通っていく。私達も自然とその流れに足を運んでいた。
「この島に、本当に愛さこい村の歴史が描かれた石版があるの?」
私が、めうちゃんに聞いた。
「ええ。とりあえず、明日にしましょ。今日はもう日が暮れるから・・・」
こんな表情をしためうちゃん、私は初めて見た。いつ見ても、和やかな笑顔をしているみうちゃん。その笑顔はまるで、どんな生物をも幸せへと導いてくれるかのような笑顔だった。それが今では、まるで違った表情をしていたのだから。
「明日・・・私達の歴史がわかるのね・・・」
その場にいたみんなが不安げな表情を浮かべていた。私は荒れた大地の土を踏みしめながら想いを引き締める。たとえ、この先どんなに辛い過去が待ち受けていようとも、私は決して屈したりはしない。
幸せになるべき未来のために・・・。



8/31(卯階堂)
「まったく、役立たずどもが・・・」
男はまゆをひそめて怒りに身をまかせていた。
「こうなったら・・・奇獣兵を出すか」
そう言った男は、モニタに奇獣兵の姿を映(うつ)し出した。
ぐるるるる・・・
その奇獣兵はみな、よだれを垂らし、目には血がみなぎっていた。
「こいつらは、始末におえないからな」
男は笑い出した。部屋の中にその笑い声が充満する。誰もいない部屋で。ただ一人その男だけが孤立しているかのように。


8/31(りう)
朝方、朝食をとったあと、めうちゃんが私達を石版のある洞窟まで案内してくれた。
「めう様ってどういうことなの」
私が昨日、その時はあまりの緊張のせいで聞き忘れていたことを、案内途中めうちゃんに聞くことにした。
「みんなが勝手にそう呼びたがるのよ。困っちゃうわ」
めうちゃんは、少しはにかんだ笑顔でそう答えた。まるっきり迷惑だという感じではなかった。
「ついたわよ」
そう言うと、めうちゃんは立ち止まり、目の前にある洞窟を指差して言った。
「私の案内はここまで。あとはこの方が案内してくれるわ」
そう言うと、洞窟の奥からひっそりと男性の愛さが姿を表した。
「ようこそっ」
「あぁー!!!」
みうが叫んだ。そう、そこに居たのは誰もが予想だにしていなかった愛さだったのだから。
「久しぶりだね。愛さこい大運動会では、玉を投げつけられたりして散散(さんざん)だったけど」
そう言ってアスラエルは笑った。
「なんでエルちゃんがこんなところにいるのぴょんっ!?」
みうがびっくりした様子丸だしで、アスラエルに聞いた。
「うーんと・・・話せば長くなるかな。めうちゃんから聞いていると思うんだけど、愛さこい村を作ったの、俺とめうちゃん」
愛さこい村を作ったのはめうちゃん達だとは聞いていたが、めうちゃんとアスラエルだけで作っただなんて、全くと言っていいほど聞いていない。
みうは頭の中の整理がつかないのか、半(なか)ば不思議そうに困った顔をしていた。
「まぁ、話しは中に入ってからにしよう」
そう言うと、アスラエルはランプを手にして、すぅっと洞窟の中に独り入っていってしまった。
「待ってぴょん!」
みうが跡を追いかける。それにつづいて、私と聖美さんも中に入っていった。
「いってらっしゃい」
めうちゃんの声が後ろから聞こえてきたような気がしたが、事実を完全に呑み込めていない私達にとって、それはすっと頭の中から消えてしまってもおかしくはなかった。
目の前の視界は、まったくと言っていいほど真っ暗で何も見えなかったのだから。これから知らされるであろう、愛さこい村の真実のように。


9/1(りう)
帰りの船中で、私達は愛さこい村の今後のことについて話し合っていた。

「以前、ここには卯階堂が作った大きな国家があったんだ」
アスラエルは石版にランプをかざし、浮かび上がった石版の絵図をなぞりながらそう言った。
「しかし、国が大きくなるにつれて、他国からの批判はより一層強くなる」
光で照らされた石版には、槍を大きく構えた人間達の姿が描かれている。
「そして、ついには狙われて滅ぼされてしまった・・・というわけさ」
そう言ったアスラエルは、ランプをさらに奥へと向けた。
「そして、運良く逃げられた俺達は、安住の地を求めて旅立った。しかし、卯階堂は生きていた」
愛さこい村は、その安住の地だったというわけだ。しかし、今その愛さこい村は卯階堂に狙われている。
しかし、問題はそこではなかったのだ。
「俺達は卯階堂の奴隷だった。めうも含めてね」
私がそのことを耳にした時、私がそこに存在していることをも失ったような感覚に陥っていた。
「はじめは卯階堂も真面目な人間だったらしい。でも、ある時、とんでもない物を発明してしまったんだよ」
アスラエルはそう言うと、洞窟の一番奥、突き当たりと思われる場所に置かれている物に明かりを近づけた。
「これがそのとんでもない武器だ」
卯階堂が発明したもの・・・そう、それは国を簡単に滅ぼしてしまうといわれるほどの強力な武器だったのだ。
「でも、その武器がなんでこんなところに・・・?」
私が聞き返すと、アスラエルは今までの表情とは一変して、真剣な瞳で私達をみつめた。
「俺達は、この武器を使いこなすために作られた生物だったんだよ」
体中に衝撃が走った。
「この武器は、人間には使いこなせないんだ。体中にある微量の電気を必要とする武器でね。それを最大限に引き出すことが出来るのが俺達、愛さってわけ」
人間とうさぎをかけあわせて作られた生物。それが愛さ。
私の頬には、かすかだったが確かに涙が流れ落ちていた。
その武器が、今この船に、私達の手の中にある。
「今こそ、この武器を使う時だと思う。でも、これは誰にも渡しちゃ駄目だ。この戦いが終わったら、永遠に閉じ込めよう」
どんなに強力なのかは分からない。だけど、今これを使わなければ、きっと以前よりも力をためた卯階堂は世界を混沌に落とし入れてしまう。

「りうちゃん。この武器は、りうちゃんが使うのが一番いいわ」
座っているめうちゃんの両手が、膝の上あたりでぐっと強く握り締められていた。
「私がこの武器を・・・使いこなせるの?」
「その瞳が何よりもの証拠なの」
めうちゃんはそう言うと、愛さの瞳の色に関する秘密を教えてくれた。
碧色の瞳は、この武器を使うことが出来る証なのだと・・・。
「私がこれをつかわなければ、愛さこい村は・・・消えて無くなってしまうのね」
消え入りそうな声で私が聞くと、めうちゃんは、きゅっと身を引き締めて言った。
「そういう未来に、なってしまうかもしれない」
私の住む村がなくなってしまう。私の住む家も、私の好きな水のほとりも、私の大好きな家族さえも。
「使い方を教えて」
私には、もうそれしか選択の余地は無かった。私達の未来のために。私自身の未来のために。



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