9/7(りう)
「お水、くみに行ってくるわね」
私は昼食後、足りなくなってきたお水をくみに、森の泉へと向かった。
ここ数日、めうちゃんや聖美さん達と話し合った。アクアのこと、そして、そのアクアの野望をどのようにして阻止するのかを。
しかし、具体的に良い案は出てこなかった。
強力な武器を手に入れたからといって、向こう側に攻め込むというのはかなりの危険が伴う。一歩間違えれば・・・。
『みんな、生き残ってほしい』それがめうちゃんの願いだった。
森につつまれたこの水のほとりは、いつもとなんら変わらることのない空気がたちこめていた。
「すぅー・・・はぁー・・・」
蒼々とした空を見上げていた。雲がいつもより足早に流れていた。
その時だった。
ドゴォォオオオンっ!!!
何かが爆発したような音だった。かなり遠くから聞こえてきた。
「な・なにかしら」
私は急いで水をくみ、家に戻ることにした。
足がだんだん早くなって行く。最初は歩いていたのだが、家に着く頃には息が切れるほどに走り出していた。
「何があったのっ!?」
扉をあけたと同時に言葉を発したけれど、そこには誰もいなかった。ただ、武器が机の上に置いてあった。私はその武器を掴(つか)み、村が一望できる丘の上まで走った。
村は何一つ変わっていなかった。だけれど、なんとも言えない違和感がある。
ドオォォォン!
「村の向こう側だわ!」
私は直感的に、みんながそこに向かっていると思った。
武器を握る手に力が入る。
(この武器さえあれば、どんな相手だろうと叩きのめすことができるんだからっ。絶対にゆるさない!)
その瞬間、私は我が目を疑った。
9/7(めう)
ドゴォォオオオンっ!!!
「な・何っ!?」
私はその時、ぞくっと背筋が凍った。
もしかして、卯階堂がもう次の手を打ってきたの・・・!?
私は動揺していた。これ以上、愛さこい村のみんなを傷つけたくはないのにっ・・・
私は愛さこい村が一望できる丘へと駆けあがった。聖美さんも後ろからついてきていた。
「どうやらあの山の向こう側からだわ」
聖美さんがそう言うと、独り丘を下り、剣を手にして山の向こう側へと駆けていった。
「私もいかなくちゃ・・・あっ」
私は家に戻り、ぬいぐるみの「うたろう」を抱きかかえた。そして、心配そうに見つめているみうちゃんに言った。
「大丈夫。心配しないで。いい?みうちゃんはここにいるのよ」
そう言って、扉を開けっぱなしで駆け出してしまった。その時の私は、あの山の向こう側で起きている事態にしか頭が回らなかったのだ。
9/7(みう)
ドゴォォオオオンっ!!!
「な・何っ!?」
めうちゃんがまるっきりいつもとは違う顔つきで、慌てながら言った。
きっと、アクアとかいうのが襲ってきたんだと思う。
めうちゃんと聖美さんが家からすぐに飛び出した。みうも後(あと)を追おうかと思ったけどやめた。
だって、この数日間、アクアのことについて話し合ったんだけど、全然みうのこと、みんな見てくれないんだから。
心配してくれてるのは分かってる。だけど、もう少し、みうに頼ってもいいじゃない。みうだって、頑張るって約束したんだからっ。
私は辺りに目線を流した。
あっ。あの武器が机の上にある。
触ってみようかな・・・ひょっとしたら、みうにも使えるかも・・・
手をそ〜っと伸ばしてみたけれど、あとちょっと・・・というところでやめた。やっぱりよくない。だってこれはりうちゃんが使う武器なんだから。
私は何も手に持たず、扉から飛び出していた。いや、逃げ出したと言い換えた方がいいのかもしれない。このままずっとここに居たら、自分のことが嫌いになってしまいそうで・・・。
ドオォォォン!
2回目の爆発音が聞こえた。
「あっちから聞こえたのぴょん!」
私は独り、走り出していた。
9/7(めう)
そこには、この世には存在する生物なのかと我が目を疑うぐらい、恐ろしい生物がこの島を破壊していた。
姿形は人間によく似ている。しかし、口が異様に大きい。手には長い爪が、まるで刀のように鋭く光っている。
「これは・・・いったい何なの・・・っ」
その恐ろしい生物達を前に、白い衣を纏(まと)った人が独り懸命に戦っている。
「聖美さんだわ・・・っ」
私は坂道を駆け下りた。聖美さんが戦っている。私も早く応戦しなくちゃっ!
私はうたろうの後ろ側にあるチャックを開けると、中にある指輪を右手の薬指にはめた。
(お願いっ・・・私に力を貸して・・・っ!)
私のまわりに出来た光り輝く空間は次第に広くなっていき、やがてそれは私の体を包み込んだ。
キィィィン!
大きな耳鳴りのあと、しばしの静寂が訪れた。
瞳にうつるのは、ただ真っ白な景色。他にはなにも聞こえない、なにも感じることのない世界。だけれど、少し心地のいい空間。
その直後、私は現実の世界へと戻った。しかし・・・。
そう、その時の私は、いままでの私とは違っていた。それが、この指輪の、この武器の力なのだから。
9/7(りう)
真っ白な世界。音もなく、私が今、どの方向を向いているのかさえ全く分からない世界。
「天国・・・じゃないわよね・・・」
私が不思議に思っていると、次の瞬間、すっと何かに意識だけが引っ張られるような感じがして、気がついたらもといた愛さこい村が一望できる丘の上で膝を地面の上についたまま独り座っていた。
「な・・・に・・・・?」
違和感があった。普通ではない何か。なんども来ている丘なのに、いつもとは明らかに違う何か。
私は自分の両手を広げて見つめた。なんの異常もない。しかし、明らかに違う・・・。
その時だった。自分の影が斜め右後ろの方に見えた。だが、明らかに大きい。とてもじゃないが、私だけの影とは思えなかった。
私は後ろをすっと見た。なんということだろう。私の背中には翼がはえていたのだ。
「な・なによこれ・・・私、夢でも見ているのかしら・・・」
その時、ふと、めうちゃんから言われたことを思い出した。
「この武器はね、自分の想いを形にするの。だから、自分の心の形が武器の形になるってわけね。使い方はりうちゃん次第」
この翼が私の心・・・。
私は開いた両手をぐっと握り締めた。
(今はこんなことをしている時じゃないっ。みんなを助けないと・・・っ)
そう思ったと同時に、翼がさわさわと動き出した。
「えっ・・・」
私はさらに力をぐっと込める。
さわっさわっ・・・ざわっざわっ・・・っ!
宙に浮いていた。私は開いた口が塞がらなかった。
「わ・私っ飛んでるっ!」
こ・これならいっきにあそこまで行けるっ。待っててみんなっ、今行くから!
私は力いっぱい翼に想いを込めて、その場を飛び立ったのだった。
少しだけ嫌な感じがしていた。なんなのだろう、このもやもやは・・・。
絶対とは言いきれないんだけれど、何かを忘れているような気がする・・・。
その時、頭にふっとある愛さの顔が浮かんだ。みうだった。
「私が家に来た時にはすでにみうの姿は見当たらなかった、っていうことは、みうも爆発の音でなんらかの行動をおこしたってことよね。でも、爆発の方に行くことだけは絶対にめうちゃんが止めてると思うから・・・聖美さんは、爆発の方に向かっているわよねきっと。めうちゃんもそれを追って・・・。あっ!きっと2回目の爆発あと、みうが独りで向かったんだわ!」
一番はじめの爆発音と、2回目の爆発音は明らかに違っていた。1回目の方が明らかに大きかったけれど、それは北の方角から聞こえた。けれど、2回目は、それよし少しずれた場所・・・そう、愛さこい畑のある方角からだった。
「ゆうさんだっ!!!」
ここから西北に向かった小高い丘の上にある平野につくられた愛さこい畑。そこには、まだたくさんの仲間がお仕事をしているはずだった。
(は・はやくみんなのところにいかなくちゃ!)
私は愛さこい畑に向かって一目散に飛んだ。きっとそこには、みうも居るはずなのだから。
9/7(聖美)
「いったいどういうことなの・・・っ!」
斬っても斬っても、あとからわいてくる。それに異様に口と爪の大きいこの生物。今までに見たこともなかった。
その大きな口からはよだれを垂らし、目は半ば白目をむいている。髪の毛はほとんど無く、皮膚はところどころが腐りかけている。しかし、その長く伸びた爪だけはかなり鋭い。まるで、このためだけ、戦闘をするためだけにつくられたよう・・・。
(このためだけに・・・つくられた・・・?)
「うかいどおー!!!」
私はその名を叫びながら、刀を上から下へと振りおろす。ガアァァァアア!という声とともに、刀に斬りつけられたその化け物のような生物は地面に伏した。
それを見下ろす間もなく、別の化け物がその長い爪を私の後方から突き刺そうとしてきた。私はとっさに後ろに高く飛び上がり、その頭上から私は刀に全体重をかけて化け物に突き刺した。
ズゥウウウン!!!
「聖美さん」
後ろの方から私を呼ぶ声が聞こえた。
「誰っ!?」
今まで一度も聞いたことのない声だった。
振り向くと、そこにはアクアの特殊部隊が着る独特の服装を身に纏(まと)った女の子が独り、崖の上から見下ろしていた。
その姿を見た化け物達は、皆、動きを止めた。
「アクア特殊部隊副隊長、・・・・・ると・・・・」
「え・・・?」
最後の方が小さな声だったので聞き取れなかった。
「たるとっ!」
タルトは少しだけ頬をそめながら言った。
「かわいいお名前ね」
「だから言いたくなかったのですっ」
彼女のその眼差しは、その言葉使いや名前からは想像が出来ないぐらい、その場の雰囲気を凍らせた。いや、明らかに空気の温度が下がっていた。
「副隊長のあなたが、この子たちの指揮をしているの?」
私は、荒くなっていた息を少しずつ持ちなおすことだけに集中した。
「違います。私は隊長の命令できました。この化け物とは関係ありません」
「隊長のっ!?」
確かに、私もはじめは隊長の命令でこの村に来た。この化け物達と同じ目的で。しかし、たるとはその化け物達とは無関係だという。私にはその意図が理解できなかった。
「何の目的でこの村に来たの?」
たるとは、崖の上からすっと飛び降りて私の前で着地すると、その低い位置にある瞳をきりっと上にあげて私の顔を見つめた。
「聖美さん・・・かわりましたね。アクアに居た頃は、どこか・・・生きているのかどうか分からないといった感じでしたけれど」
「私達、一度も会ったことなかったわよね」
「私と隊長は、聖美さんのこと、だいぶ前から見ていました」
小さいながらに、なんとしっかりとした物言いをする女の子なのだろう。この子はその小さな心の内側で、何を想い描いているのだろう。
「生きているのかどうか分からない・・・か。そうね、私はアクアに居た頃、生きる気力を失っていたわ」
なぜこんな小さな子に私の本音を言っているのか、自分でもよく分からなかった。もしかしたら、私はまだ心のどこかで救いを求めているとでもいうの?
「でもね、私はこの村に来て想ったの。私の幸せはここにあるって」
この子が尋常ではない強さだということは、その雰囲気から伝わっている。現に、化け物達は一歩たりとも私達に近づこうとはしなかった。
私は、刀をぐっと握った。理由はよくはわからない。けれど、きっと私は何かを守ろうとしているのだろう。そう、この愛さこい村を。私の仲間を。私の幸せを。
「聖美さんは、きっと悲しいのです」
そのたるとの言葉に、私の思考回路は一瞬にして凍りついた。
「聖美さんが今、幸せと共にあるということは分かりました。けれど、それは楽しいこととは違います。私は逆に、今を楽しいと思っている生き物は不幸なのだと思っています」
言葉を失っていた。たるとには私の心の内が読めるのだろうか。それとも、たるとにも私と同じ、いや、もっと苦しい思いをしてきたのとでもいうのだろうか。まだ、こんな小さな子なのに・・・。
「わかりました。私は隊長の命令通り、聖美さんに協力します」
「えっ・・・?」
そう言うと、たるとは両手を上に翳(かざ)して、瞳をつぶった。
その瞬間、あたりは一面の雪に覆われ、化け物たちは一瞬にして凍りついた。私とたるとを残して。
「隊長は今、アクアで反旗を翻(ひるがえ)す機会を窺(うかが)っています。今がチャンスです」
そう言うと、たるとは私のすぐ目の前まで近づいて、にっこりと微笑んだ。
「これからも、お仲間ということで。よろしくお願い致します」
私は、呼吸を整えることすらも出来ないでいた。自分の気持ちを整理するだけでも、精一杯だったのだから。
9/7(ゆう)
農作業をしていた村のみんなが、一斉に2度目の爆発音が鳴り響く方へと向き直った。一度目の爆発音は、ここよりさらに北の方から。そしてその2度目は、この愛さこい畑からすぐ近くの海辺で聞こえてきたのだから。
「あ・ありゃぁ・・・ば・ばけもんだぁ!!!」
一緒に農作業をしていた誰かが叫んだ。それと同時に「ばけものだ!」とか「にげろっ!!!」と言う声がそこここから聞こえてくる。
「落ちつくんだみんなっ!!!」
農作業には一番熱心に取り組んでいた愛さ警察長のレヴィリアがその場にいた全員を静止させた。みんなはレヴィリアの方へと顔だけを向けている。誰しも言葉を失っていた。
「あの化け物・・・こっちに向かっている。この愛さこい畑の先には何があるっ!?愛さこい村があるんだ!私達がここを守らなければ、みんなやられるぞ!!!」
レヴィリアの響き声と共に、この愛さこい畑のある丘の下からは、化け物のうめき声が微かに聞こえてくる。
そこにいた誰もが葛藤の渦に巻き込まれていた。あきらかにどう見ても勝てそうもない相手が、丘の下からこちら側に、まるで押し寄せる波のようにじわじわと登ってきている。しかし、ここを守らなければ、愛さこい村のみんなが・・・。
その時だった。
「んぴょんぴょんっ!!!」
「みうちゃん!」
走ってきたみうちゃんは、勢いよく、ゆうに体当たりをしてきた。
「いたたたっ・・・」
「みうちゃん大丈夫?」
みうちゃんに押し倒される形になったゆうは、両手でみうちゃんの肩を支えながら言った。少し重い。
「ゆうさん大丈夫っ!?」
みうちゃんがはっと気がつくと同時に、今度はゆうの肩をゆっさゆっさと揺らしまくってくる。
「み・みうちゃんてばっ・・・大丈夫・・・だからっ・・・」
ゆうに何も怪我が無いことを確認したのか、みうちゃんはぎゅっと抱きついてきた。
「愛さこい畑の方からとっても大きな音が聞こえてきたから、びっくりしちゃったのぴょんっ・・・もしかしたら、ゆうさんがっ・・・て」
「それがね、あんまり安心も出来なくなっちゃったみたい」
ゆうが指をむけたその方向をみうちゃんが見た。「んぴょっ!?」という声と同時に耳がぴんっと立つ。
「どうやら、あの化け物、私達の敵だということには間違い無いみたいだぞ」
レヴィリアが近寄ってきて言った。
「迎え撃つぴょん!」
みうちゃんは、ぐっと拳(こぶし)を握り、レヴィリアにその真剣な眼差しを向けた。
「みうらしい」
レヴィリアは、にっと笑い、横にあった農作業に使う鍬(くわ)を手に持った。
「みうはここからすぐ避難しなさい。その間、ここは私が命に代えても食い止める!!!」
「みうもっ!!!」
あたりが少しだけざわめいていた。いくら愛さ警察長のレヴィリアといえども、たった独りであの大群を迎え撃つことなど出来るはずも無かった。
あたりに散らばっていた愛さ達が、独り、また独りとレヴィリアに近づいてくる。
「あんた、根性あるぜ」
一番最初に声をかけたのは、愛さ消防長のジュリアだった。片手に持った鍬を肩にかけ、にっと笑った。
「みうもっ!!!」
「俺もやるぜっ!」「俺もっ!」と、次々に賛同の声が集まり、最後にはそれが一つの大きな渦となっていた。
「愛さこい村のためにっ私達のためにっ!!!」
みんなが一斉に、その手にしている武器を上に掲げた。そして、そのまま全員が愛さこい畑のあるこの丘の上に横一列に並ぶ。
強い風がその場を吹き抜けた。目の前には、化け物の群れが丘の下から少しずつ迫ってきている。
風が止(や)んだ。
「全員っ」
レヴィリアがそう言って、武器を振り下ろそうというその先に、みうちゃんが独り両手を広げてみんなの行く手を阻(はば)んでいた。
「なっ、どうしたんだよみうちゃん!逃げてっていっただろっ!?」
レヴィリアは、あまりにも突然のことで焦っているようだった。
「みうに良い考えがあるのぴょん」
「えっ・・・」
どんな作戦があるというのだろうか。この化け物の群れを目の前にして・・・。
それでも、今、この化け物から受ける『死』という恐怖を少しでも和らげてくれるものなら、例えそれがどんなに小さな可能性であっても賭けてみたかった。
みんなは、みうちゃんに近寄った。ごにょごにょと何やら話し込んでいる。ゆうも、すかさずその輪に耳を傾けた。
「えぇっ!?」
全員が驚きの声を上げた。当然のことだった。死というものが目の前まで迫ってきているというのに、その作戦ときたらじつにみうちゃんらしいものだったのだから。
「名づけて、『お口にぱっくん大作戦』っ!!!」
そう言うと、みうちゃんは全速力で愛さこい畑の方に向かって走り出した。みんなもそのあとからついて行く。
とにかく、これで少しでも勝機が見えるのなら・・・。気づくと、ゆうも走り出していた。まるで何かに惹きつけられるかのように。元気に前を走るみうちゃんのその小さな背中には、その場にいる全員を勇気づけるための魔法の翼が生えている様だった。
「これぴょんっ!」
みうちゃんがそう言うと、手にいっぱいに握られた赤い物体をゆうの目の前に差し出した。
「こ・これは・・・」
「と・う・が・ら・しっぴょん!」
頭が痛い。この作戦を本当に実行するというのだろうか。
「これで相手がひるんだ隙に、攻撃するのぴょん!」
「喋っている暇はないぜ」
ジュリアはそう言うと、全員の手に握られた唐辛子を確認して、もといた場所まで駆けて行った。
「ゆうさんっ遅れないでぴょん!」
「みうちゃんは危ないから駄目だってばっ!」
そんな心配もよそに、みうちゃんもジュリアのあとを追って、走っていってしまった。
「みうちゃんてばっ!!!」
ゆうもすぐに後を追う。
愛さこい畑のある丘の上では、村のみんなが片手に唐辛子を、片手に鍬を握って横一列にならんだ。今度こそ、本当に、始まる。
化け物達は、すぐ目の前まで迫ってきていた。あと、10メートル。8メートル。そして。
「全員っ、いけーっ!!!」
レヴィリアの声と同時に、一斉に唐辛子が化け物のその大きな口に向かって投げられた。
グアァァアアアッ!!!
化け物達は口に入った異物を取り除こうと、必死になってもがきだした。中には、倒れこんでしまうもの。長く鋭い刃のような爪で自らを突き刺してしまうもの。混乱して爪を振り回し、化け物を倒してくれるもの。次々と化け物達が倒れてゆく。
誰もこんなに、この作戦が上手くいくとは思ってもみなかったのだろう。その場にいた全員が足をとめ、お互いに自滅しあう化け物達をただ眺めていた。
「上手くいったぴょん!」
そう言って、みうちゃんは飛び跳ねた。
「さすがだぜ・・・みうちゃん」
ジュリアはそう言って、ぐっと親指を立てた。
「よしっ今がチャンスだ!!!」
レヴィリアは鍬を振り上げ、攻め込もうとした時だった。
グガァアアッ!!!
「みうちゃん危ない!!!」
ゆうは、みうちゃんの体を横から抱きかかえるようにして飛び避(よ)けた。
ズッ・・・
左の肩あたりに痛みが走った。
「ゆ・ゆうさんっ!大丈夫ぴょんっ!?」
「うん。大丈夫っ」
その左腕からは、血が滴(したた)り落ちた。
ぽたっ・・・ぽたっ・・・
「ゆうさん・・・っ」
みうちゃんが、少しずつ涙目になってゆくのが分かる。
「ただのかすり傷だから大丈夫だよ。それよりも、みうが助かってよかった」
みうちゃんの頬に、涙がこぼれた。
「ヤァ!!!」
振り返ると、レヴィリアが目の前にいた化け物達を次々と倒していた。
「これ以上、私の仲間を傷つけたりしたらっ」
レヴィリアの目の前に、今までのとは明らかに違う大きい体をした化け物が、その大きな爪をレヴィリアめがけて振り下ろしてきた。体を回転をさせながら間一髪のところで避けたレヴィリアは、勢いのついたその鍬に渾身の力を込める。
「ゆるさないんだからっ!!!」
ズゥウウウンッ
最後の一匹と思われる化け物は、その場に伏した。終わったのだ。
すぐにレヴィリアはあたりに目をくばらせる。村のみんなは無事なのだろうか。
ゆうは、ゆっくりとみうちゃんの体をおこした。みうちゃんの顔はうつむいたまま、両手はぐっと握られていた。
ゆうは、ぎゅっとみうちゃんの体を抱きしめた。安心してほしかった。もう大丈夫だよって。何にも心配することもないし、自分を責めることもないのだから。
気がつくと、みうちゃんのまわりにみんなが集まってきていた。
レヴィリアとジュリアがみうちゃんのすぐそばまで歩み寄り、膝をついて言った。
「みんな無事だったよ。みうちゃんのおかげだ。ありがとう」
「良く頑張ったな。俺達のヒーローだぜ、みう」
みうちゃんは、涙でいっぱいの顔をあげた。
その瞬間、わっと歓声があがった。みうちゃんのはにかんだ笑顔が、みんなに笑顔を取り戻す。
いつの間にか、訪れた秋の空気が、そこに存在するすべてを暖かく迎え入れてくれていた。それはまるで、愛さこい村のみんながいつまでも、温かくみうちゃんを見守るかのように。
9/7(めう)
私は気がつくと、自分の家のベッドで横たわっていた。いつもは聖美さんが使っている2階のベッドだ。
窓の外から見える景色は真っ暗で、その中で月の光だけが微かに部屋の中を照らしていた。
いったい、どうしてこんなところに寝ているのだろうか。
少し考えたあと、すぐに思い出した。
私はあの爆発音のあとを追い、聖美さんと合流するために坂道を駆け下りていた。その途中、止(や)むを得ず、うたろうの中に隠してあったあの武器を使うことになって・・・
なんで、あんな場面で使おうとしたのだろう。あとに後悔してもしょうがないのは分かっている。でも、よりにもよって、坂道を駆け下りていたさなかにだなんて・・・。
あの武器には、大きな欠点がある。それは武器を使用する時、一度、別の次元に飛ばされてしまうということ。そのため、出来るかぎり、別次元から今いる世界に戻って来た時のために使用する時は静止している状態で武器を解放する、というのが決まりだったのだ。
「いたたたたっ・・・」
今ごろになって、おでこに痛みが伝わってきた。
「ころぶのなんて、ホント久しぶり・・・」
「いつもの、の間違いじゃない?」
階段からあがってきたりうちゃんが、くすくす笑いながら部屋の扉を開けて入ってきた。手に持っているおぼんの上には、こっぷが2つ並んでいる。
「温かいミルクだけど、飲む?」
りうちゃんがそう言うと、私の隣にあるベッドの上に腰をかけた。
「ありがとう」
私はコップを手にとり、ゆっくりと口に運ぶ。
「おいしい」
自然と笑顔になった。
りうちゃんはじっと私の方を向いていた。なにやら、私のおでこあたりを気にしているようだった。
「めうちゃんも、ドジッ子なのね」
そう言うと、りうちゃんはまたくすくすと笑った。
「じつはね、私もここに運ばれちゃったの」
りうちゃんはそう言うと、あの武器を目の横に出して「これのせいでね」と言った。
「私の形は、翼だったわ。でも、飛んでいる時まではよかったの。でも、そのあとにね、強風に煽(あお)られて、気がついたら優希君にここまで運ばれてたってわけ」
今度は私が笑ってしまった。誰でも最初はこの武器を使いこなすことさえ出来ないのが普通である。
でも、りうちゃんはすごい。使うのが今日が初めてなのに、武器の解放まで出来て、その上、飛ぶことさえ出来たのだから。
その時、微かに窓の外から、なにやら賑(にぎ)やかな声が聞こえてきた。
「なんかね、村のみんながお祝いしているみたいなの」
お祝いをしている・・・?いったい誰のお祝いをしているのだろうか。
「聞いて驚くなかれ。なんと、みうちゃん」
「んぴょんっ!?」
私は危うく、コップからミルクをこぼしそうになった。
「じつはね・・・」
りうちゃんから、聖美さんが戦った化け物とは別に、この村に上陸してきた大勢の敵をみうちゃんの考えた作戦で見事、誰独り死者を出さずに勝利を収めた、ということを聞いた。
軍師みうちゃん。
「ありがとう・・・」
私は小さな声で言った。
私は、はっとしてりうちゃんの方に顔を向けると、りうちゃんはただ黙って窓の外をみつめていた。
私も、窓の外に視線を向けた。
暗闇が包み込んでいる夜空には、たくさんの星達が輝いていた。それはまるで、みうちゃんを祝福しているかのようだった。
9/7(聖美)
村のみんなが、みうちゃんをかこんで歌を歌ったり、踊りを踊ったりしている。
私は丸太の上に座りながら、その横に座っている愛さに目線を向けた。
「たるとちゃん。あの力は・・・」
そう言うと、たるとちゃんは首からかけていたネックレスに手をそっと寄せた。
「これが私の武器です」
普通のネックレスとは、何も変わったところはなかった。ただ、まんなかに少しだけ大きな宝石がはめ込んである。
「特殊部隊隊員では、私と、そして隊長だけにしか渡されてません」
これが、めうちゃんが言っていた世界を変えてしまえるほどの武器・・・。
「ですが、卯階堂は、まだこれらの武器をたくさん所有していると隊長から聞きました」
「えっ!?」
あの化け物達を一瞬にして凍てつかせたほどの武器が、まだこの世にたくさん存在しているだなんて・・・。
私は、先の見えない闇を覗きこむような感覚に落ち入っていた。
「でも、今ならまだ大丈夫です。それを使いこなせるだけの愛さはいませんから」
そう言って、たるとちゃんはすっくと立ち上がった。
「明日です。明日にでもみなさんに事情を説明して、この島を出発しましょう」
早くしなければ、卯階堂がまたこの島に攻め入ってくる。時間は無かった。
「そうね。そうしましょう。その前に・・・」
私は一つだけ気になっていたことを口にした。なぜ、特殊部隊の隊長がアクアに謀反を企んでいるのだろうか、と。
「理由は・・・聖美さんと同じです」
私と・・・同じ?
「聖美さんはなぜ、指令通りに、この愛さこい村の愛さ達をすぐに殺さなかったのですか?」
私は、言葉を失っていた。
「隊長も・・・同じだったのです」
私だけではなかった。私だけではなかったのだ。
そう思った時、私の胸には嬉しさにも似た感情が湧き上がってきていた。
涙があふれそうになった。こんな自分は、あまり好きではないのに・・・。
「もう・・・終わりにしましょう・・・」
そう言ったたるとちゃんの表情は、とても悲しい顔をしていた。その小さな瞳には、何も映(うつ)ってはいなかったのだ。
私はたるとちゃんをぎゅっと抱きしめた。そうせずにはいられなかった。
その場にたった独りだけ、置き去りになんか出来るわけがない。
夜空を見上げると、そこにはたくさんの星達がきらきらと輝いていた。まるで、悲しみの余りお互いが身を寄せ合っているかのような、そんなふうに私には見えたのだった。