8/16(りう)
聖美さんからすべての話を聞いた。
この愛さこい村が「アクア」という組織から狙われているということ。そして、聖美さんがその組織の特殊部隊に所属していて、この村を破壊するために送りこまれて来たということ。そして、次のまた新たなる特殊要員が・・・。
「本当にごめんなさい・・・」
「気にすることないわよ。もう、誰も聖美さんを責めたりだなんてしないわ」
話しを聞いた時は、村全員が聖美さんを責めた。けれど、私達は必死になってみんなを説得したのだ。いつもはいいかげんで役に立たないみうも、一生懸命になってみんなを説得していた。
「これからは聖美さんもみう達のチームに加わって、じゃんじゃん点数取れちゃうのぴょんv」
みうがぴょんぴょんはしゃいでいる。
みうのおかげだった。沈んでいる雰囲気を明るく照らし、村のみんなが聖美さんを理解し合い元気な笑顔を取り戻した今、こうして私達が一緒に笑顔で食卓につくことができるのは。
「もうはしゃぎすぎよ、みうっ」
私も笑顔でみうにつっこみ。彼女もまた元気いっぱいの笑顔。あふれんばかりである。
「次の競技は何があるのぴょん?」
みうにはもう、次の大運動会の競技のことしか頭になかった。今、愛さこい村が狙われているっていうのに。まったくもう。
それでも私は予定表をテーブルいっぱいに広げた。いつも通りの生活。いつも通りの笑顔。それがとても嬉しかったから。
でも広げてみてはみたものの。なんせ、一年分の大運動会の予定表である。このテーブルでも少したりないぐらい。食器類がもうお邪魔虫さん。なんて思っている私のほうがはしゃいでいるのかも。
「次はー・・・あっ、ちょうど良いわね。チーム戦の『宝さがし』よ。しかも明日っ」
めうちゃんがそう言った後、聖美さんによろしくね、とお互いに笑顔をかわしていた。
「よっし!明日のために準備運動してくるのぴょん!」
そう言って、一番に昼食を食べ終えたみうがいつものように遊びに行った。めうちゃんは「気をつけてね」と言ったが、みうは聞いているのか聞いていないのか。かまわず外に飛び出していく。
「じゃぁ、私も足りなくなってきたお水、くんでくるわね」
「ありがとう。じゃ、よろしくね」
めうちゃんがそう言った後にすぐ「私も手伝うわ」と聖美さんは言ってくれたが、十分私だけでも事足りる作業だったのでそれを丁重に断った。
水籠を持って、私は木製の玄関扉を開けた。眩しい光が体全体を包み込む。
「なんて良い天気なのかしら・・・」
空気が甘くてとても気持ちいい。目の前には透き通った碧色に輝く海が、視界一面に広がっている。季節は夏まっさかりなので少し暑いけれど、私の足取りは思いのほか軽やかだった。
そこは、森にかこまれた岩場の影にある、まるで妖精達の集うかのような小さな泉。まわりにある木々からもれた光が、涌き水をキラキラと光らせている。とても神秘的な空間。私の一番のお気に入りの場所だった。
私は水籠を地面に置いて、蒼々と広がっている空を見上げた。葉の間からの光がまぶしくて、目を細める。きらきらと揺れる光と影。やさしさを包む風が、雲をゆっくりと運んでいる。私はそれにあわせるかのようにゆっくりと息を吸った。
その時、風がぶわっと私の体を揺する。私は態勢を崩し、その場であお向けになって倒れてしまった。
「風さんもいたずら好きなの?」
返事はない。でも、それで良い。この景色は何よりも私を癒してくれるのだから。
私はしばらくの間、寝転がっていた。自然は、私が目を閉じても決して退屈させてくれたりはしない。鳥達の鳴き声に風がささやき、それを耳を澄ましてざわめく木々達。なんて素敵なのだろう。
いつの間にか、私は草のベッドの上で眠ってしまったのだった。
8/16(めう)
「愛さこい村大運動会はね、得点制なの」
私は愛さこい村大運動会について、まだそのほとんどを知らない聖美さんに少し詳しく説明することにした。
「競技は一年間、この予定表にある通りに行われるの。もちろん一位を取った方が多く得点を貰えるのだけれど、その競技によっても貰える点数が違うし、それに全員自由参加。もうみんなひっきりなしよ」
愛さこい運動会でみうちゃん達が一生懸命になって頑張っている姿が目に浮かび、私は面白おかしくなってしまって、ふふふっと自然に笑みがこぼれた。
「終了まであと約2ヶ月。頑張らなくっちゃねっ」
私は両手を肩の高さまで上げて、ぐっと手を握る。聖美さんもそんな私に影響されたのか、ふふふっと笑っていた。
「でもね、噂では、幻の競技っていうのがあるらしいの」
私は振り上げた手をテーブルの上に置き、少し身を乗り出して聖美さんに言った。
「競技の日程は内緒。でも、開催される場所にはどうやら行われる一週間前から案内板が張り出されるみたいなのね。場所も毎回違うらしくって、それを知っているのは愛さこい村大運動会の取締実行委員だけだとか。なんでも、貰える得点がとっても高いらしいのよ」
知らずしらずのうちに興奮してしまった。ふと我に返った私は、なんだか赤面してしまう。
「だからなの。みうちゃんが毎日、楽しそうに玄関から外に飛び出していくのは」
体をもとの位置にあった場所、椅子の背もたれに背をつけ、私は食後にと用意しておいたお茶とケーキを一口ずつ、くちに運んだ。もちろん、みうちゃんとりうちゃんには内緒。
「ところで、聖美さん。特殊要員が送られてくる日はいつなのかしら」
お互いにケーキとお茶を食べ終わった後、一呼吸置いてから私は尋ねた。みうちゃんとりうちゃんが居なくなって、しばらく私と聖美さんだけになっていた部屋に、目には見えない微かな靄(もや)のようなものがかかっていた。
「わからない。たぶん、もしかしたら・・・」
と言いかけた聖美さんを察して、私は口をはさむ。
「りうちゃんとみうちゃん、やたらと厄介事を運んでくるものだから・・・少し、心配だわ」
言った後に思ったがもう遅い。それは聖美さんの気持ちを少しも和らげることのない発言だった。
「ごめんなさい、余計なこと・・・」
きっとはにかんだ笑顔になっているに違いない。けれど、聖美さんは強い口調で言った。
「大丈夫です。私が、絶対にこの村を守ります」
茶色でサラサラの髪の毛、緑色の瞳が印象的なその眼差しは、私を安心させてくれた。
聖美さんはすっと立ち上がる。腰には剣が一本さしてある。
「聖美さんっ、待って。何も聖美さんだけがすべてを背負い込むことなんてないのよ」
しかし、聖美さんの決心はとても堅いものだった。
「私、これでも結構強いのよ」
ふふふっと笑顔で答える聖美さん。手を腰にある鞘にあて、カチャっと剣を鳴らす。
「村の仲間達も協力してくれるから・・・絶対に無理だけはしないでね」
「ありがとう」
聖美さんは、くるっと玄関の方に体を向け、身につけていた白い色をした戦闘用の服だろうか、それと茶色の真っ直ぐな髪の毛を翻(ひるがえ)し扉の前にいく。
玄関前で一度立ち止まり、顔だけこちらに向け、そしてにこっと微笑んだ。私には、どうしてもそれが、最後のあいさつのような気がして・・・。
「聖美さんっ」
私は立ち上がり叫んでいた。けれど、そこにはもう、聖美さんの姿はなかった。
8/16(りう)
どのくらい寝ていたのだろうか。
私はまだはっきりと目覚めていない目を擦(こす)る。あたりの景色は、微かに赤みを帯びていた。もう少しで、日が沈む。
「ふふふっ。これじゃ、みうのこと言えないわね」
私は地面に横になったまま笑っていた。あまりにも気持ちのいいベッドだったので、ぐっすりと眠ってしまっていたのだ。だから、すぐに起き上がろうという気力は沸いてこない。このまま気力が沸くまで、少し横になっていよう。
そう思い、また目をつぶる。風がそっと吹きぬけた。いけないっいけない。これじゃあ、今晩ここで野宿・・・なんてことにもなりかねない。
私は重たい目蓋(まぶた)をそっと開けた。空はオレンジ色から紫色へと、さっきまでとはまた違った一面を見せてくれている。
今晩の晩御飯はなんだろう・・・。めうちゃんの手料理は本当においしいから、最近なんだか楽しみになってきちゃったわ。あっ、でもお水が無いとそれさえも作れないか。
私は急いで立ち上がり、水籠を手にし、もと来た道に振り返った。その時。
「お前は・・・愛さこい村のものか?」
背に剣を帯びた男のヒトが、独り、目の前に立っていたのだ。
8/16(優希)
俺は聖美さんが行方不明になったと聞いて、いてもたってもいられなかった。
隊長から話を聞いたとき、すぐにでもその場所に向かいたくなって、俺は自分から進んでこの任務についた。
「無理は禁物だ。むやみやたらに深追いしないように」
「わかっています。冷静に物事を見て、迅速に行動する、ですね」
「わかっているじゃないか」
かかかっと隊長は笑った。年齢は30歳ぐらいだろうか。顎鬚(あごひげ)がとても印象的で、物腰は比較的やわらかい。
「ありがとうございます。では」
そう言って、俺はくるりとその場をあとにする。すぐに準備をして船に乗りこんだ。
思っていた以上に早くついてしまった。まだ気持ちが半ば混乱しているのか、村に到着したらどうしようなどという考えがまとまらないうちに、俺は船から下りた。
船は見つからないように、崖の切り立った間にある砂場にとめた。剣はある。食料と水は、とりあえずこの船においておけばいい。とにかく、聖美さんの安否を確認しなければ・・・。
そう思って森に入ってみた、までは良かった。
すでに迷子。
情けない。あれだけ隊長に注意を受けていながら、というか自分の性格なのかこれは。方向音痴にもほどがある。
半ばあきらめかけていた矢先。目の前に一人の女性と思われる物体が、草むらの上で横たわっていた。
一瞬、俺は身構えた。愛さこい村の者なのかもしれない。
だが、いっこうに動く気配はない。死んでいるのか?
とりあえず、あの人間が生きているのなら聖美さんのことを聞き出そう。もし抵抗するようなことがあれば力尽くでも・・・。
俺はその寝転がっているその女性に近づいてみた。すると、その女性はすっくと立ち上がり、手に何かを持ってこちらに振り返った。
あわてて、剣に手をあてる。
「お前は・・・愛さこい村のものか?」
相手の女性は不思議そうな眼差しで俺を見つめていた。
じり、じり、と少しずつ相手との間合いを詰めていく。もし、少しでも不審な動きがあったのならば・・・。
「お水・・・飲みたいの?」
俺は混乱した。水・・・水が飲みたいのか、と俺に聞いたのか?俺はそんなに水を飲みたいような顔をしているのか?
「質問しているのは俺だ」
少しでも隙を見せるのは良くない。俺は細心の注意を払い、相手を見つめる。
「喉、乾いてないの?」
そう言われてみると、さっきから歩きっぱなしで、喉がカラカラだった。
「す・少しだけ」
小心者まるだし。はい、とその女性が水を一杯差し出してきた。
俺はそれを手に取り、ぐいっと一気に飲み干した。
本当に喉が乾いていたらしい。水を飲んで一気に体が潤いを感じた。
一息つけたせいか、俺はそこではじめてその女性の外見をまじまじと見つめた。
碧色の髪に、それと同じ色の瞳。愛さミミが両側の髪の間から柔らかく垂れ下がっている。なぜか俺には、薄暗い森の中で微かに光っている碧色の瞳がとても印象的に思えた。この瞳の色は聖美さんの瞳の色とよく似ている・・・。
そこで、はっと気がついた俺は、すぐさま本題に切り替えた。
「聖美さんという女性を知っているか?」
「聖美さんっていう方は、今うちに居るわよ。でも、貴方が言っている方とは同一人物では無いかもしれないけれど」
相手は首を少しまげ、笑顔でこたえた。
「案内しろ。もし、抵抗するようであれば、その場でお前を殺す」
俺は背にかけた剣を鞘から抜き出し、それを向ける。
「わかったわ。連れていく。だから、その物騒なものはしまって」
「聖美さんを連れ去ったのはおまえじゃないのか?」
そう言うと、相手はくすくすと笑い出した。何がおかしいのか俺にはまるで理解出来ない。
「聖美さんにかなう相手は、この村にはいないわ」
「じゃあ、なぜ聖美さんはこの村にいる!」
俺の怒りは頂点に達しようとしていた。剣をぎゅっと握り締めたのが自分でもわかった。
「ついてくれば分かります」
そう言うと、その女性は俺の横をすっと通りぬけ、ついてきて、と言った。すれ違いざま、かすかに良い匂いがした。
「罠じゃないだろうな」
きっと俺は、他人からしてみれば、とても馬鹿な人間なのだろう。そこで、罠ですよ、なんて言う奴はこの世にいるはずがない。
「罠かもね」
そう言って、ぴょんぴょんと跳ねていってしまった。俺は見失わないようにするのが精一杯。
「待てよ!待てってば!」
いつの間にか、相手の雰囲気に押し流されていた。隊長の言っていた「深追いはするな」という言葉も、いつの間にか、俺の頭の記憶から離れてしまっていた。
「どうぞ、そこに座って」
俺は言われるままに、手で指差された椅子に座った。
「聖美さん、今居ないみたいね。たぶん、もう少ししたら帰ってくると思うから、それまでお茶でもご馳走になって」
そういって、りうと名乗った碧色をした髪の毛と瞳をもつ少女は台所と思われる場所に向かった。よく見ると、まだとても若い。俺と同い年ぐらいだろうか。
俺は部屋を見回した。木製の家。玄関を入って左側が台所。右手に大きなテーブルと椅子が六脚。その奥には部屋があると思われる廊下があり、その横に二階へと通じる階段がある。
しかし、何故りうという少女は俺のことを怖がらない?剣を目の前まで突き刺し、脅迫までした。なのに・・・。
りうは台所からお盆の上にお茶と思われる湯のみを乗せて、こちらに向かってきた。
「はい、お茶」
俺は何も言わなかった。ただ、その湯のみを持って、一口飲んだ。
「それにしても、誰もいないなんて・・・みんな何処に行っているのかしら」
りうは逆に俺の心配でもしているのだろうか。そんな俺をよそに、普段しているような片づけやら用事などの雑用を手際よくしている。
「ここに・・・本当に聖美さんはいるんだろうな」
俺はつい口にしてしまった。不安を押さえきれなかったのだ。もしかして、自分は騙されているんじゃないか・・・と。
「嘘はつかない主義なの。あなたもそうでしょ?」
急に質問をされて、一瞬ためらってしまった。
「あ・あたりまえだろ」
りうはくすくすと笑っている。すでに、心の内を見透かされているようだった。
俺はお茶をまた一口すすった。なかなかにうまい。渋くて甘味がある。それでいて、香りもいい。
「美味いな、お茶・・・」
りうは一瞬驚いた顔をしていたが、そうでしょ、と言って笑った。こうしてみると、意外と・・・かわいい。
「顔に出てるってば」
血が頭に上るのが分かった。俺は立ち上がってテーブルをだんっと叩いた。奴当たりというやつだ。
しかし、それ以上は何も言い返せなかった。恥ずかしさだけが、心の中を占領する。
だが、りうはそんな俺を無視して、台所で食器類等を洗っていた。
その時だった。
「見つけたわ!」
「さ・聖美さんっ」
俺は突然の事態に驚いて、玄関から勢いよく入ってきた聖美さんの名を口にした。聖美さんがこんなに声を高らかに上げて玄関の扉を開けたのだ。アクアでの宿舎では、こんな聖美さんは見たことがなかった。
玄関から勢いよく入ってきた聖美さんは、俺の姿を確認すると、びっくりしたように言った。
「ゆ・優希くんっ。なんでこんなところに・・・・そう、特殊部隊に入れたのね。おめでとう」
微笑んでいる。まったく、俺の気持ちなんか全然分かっていないふうだった。
「なんでって聖美さんっ・・・聖美さんこそ、なんでこんな所にいるんですか!?しかも、元気じゃないですか!」
「ちょっと、いろいろあって、ね」
いろいろって・・・。聞きたいことが俺には山ほどあった。
「捕まったんじゃ・・・いや、でも元気だし・・・」
完全にパニック状態。事実と事実が完全に繋がらない。
「実はね、・・・」
ことの真実を聖美さんが一から話していく。徐々に俺の心にある別々の事柄が、やがて一つの線に結びつく。
「私は・・・もう、誰も傷つけたくないの」
そう言った聖美さんの顔は、いつもより力強く、そして今までに見たことのない一番の笑顔だった。
「・・・分かりました。でも・・・」
俺はどうすればいいのか迷っていた。今まで慕っていた聖美さんが、アクアを裏切って、愛さこい村を守りたい、と言った。今までに見たことのない、まるで命が吹きこまれたような聖美さんの笑顔。
「優希君にお願いがあるの」
聖美さんが語りかけるように俺に言った。
「仲間になって一緒に戦ってほしいの。一緒にこの村を守って欲しい。この自然、人の愛。すべてがここにはあるわ。アクアはそれを奪おうとしている」
確かにそうだ。今まで、たくさんの生き物達の命を奪ってきたアクア。自然保護活動と銘打っているが、本当はそうじゃない。
「私と一緒に戦ってほしいの」
聖美さんの真剣な眼差しに、俺は困惑した。確かに、聖美さんの言うことはもっともだ。だが、アクアに逆らうということは、同時に自分の命さえも失いかねないということだ。
「そこまでして・・・聖美さんはこの村を守りたいんですか」
声が枯れそうだった。胸が苦しかった。
「私ね、分かったの・・・これが自分の本当にしたいことなんだって・・・ただ、この自然とここに生きる動物達を守りたいのよ」
いつも何かを見つめていても、その瞳にはどこか悲しみが溢れだしていた聖美さん。それが今は、とても、輝いている。
俺がはじめて聖美さんと触れたとき、なんてこの人はやさしい人なんだと思った。剣を学び、知を学んだ。次第に、聖美さんは俺の中で、一種の憧れのような存在になっていた。
ある時、名もない俺に聖美さんは「優希」という名前をつけてくれた。優しく、希望に満ち溢れた人生になるように、と。
俺は一生、この人についていこう。どんなことがあっても、この人についていこう、そう思った。
その気持ちに、今も何一つ偽りはない。むしろ、当時より、その気持ちはいっそう強くなっている。
「でも、戦うっていったって相手はあのアクアですよっ!?太刀打ちできるわけないじゃないですかっ」
「これが私の生き方なの。命を捨てたっていいわ」
「・・・っ」
聖美さんには命を捨てる覚悟がある。俺には・・・。
俺はまだそんなことを考えたことがなかったのだ。
生きる。
そんな当たり前のことを、誰が何故生きているのかなんて考えるのだろうか。
俺は恥ずかしくなった。今まで必死に生きてきた。聖美さんに追いつきたい。聖美さんのようになりたいと思っていた。
それが俺の生き方だった。
だけど、それはただ単に逃げていたのかもしれない。本当に辛いことを経験したくないために、ただ何かにすがって生きていただけなのかもしれない。
聖美さんは、その苦しみを乗り越えて、今、自分の本当の生き方を見つけたんだと思った。
俺の生きる意味。俺は、今でもただ聖美さんに認めてもらいたい、と思っている。ずっと前から、この気持ちだけは変わらない。
「聖美さん・・・俺でも役に・・・立ちますか・・・?」
聖美さんは、ふふふっと優しく笑った。
「当たり前じゃない。頼りにしているんだから」
そう言った聖美さんに、りうがお茶を運んできた。聖美さんはお茶を受け取り、ありがとう、と言って口に運んだ。
「聖美さんがいなくなったら、きっとみんな悲しむわ」
りうが聖美さんに言う。ごめんなさい、と聖美さんも答えた。
聖美さんはこの村を必要としている。この村も聖美さんを必要としている。その聖美さんが俺を頼りになると言ってくれたのだ。
「こんな俺でよければ、一生ついていきますよ」
そういって、その場にいた全員は笑顔で笑った。なにか、少しだけ、俺も仲間になったような気がした。
「んっぴょん!今日も見つからなかったのぴょん!」
そこにピンク色の髪の毛をした少女が、元気一杯に扉を開けて悔しそうに言った。そのすぐ後から黄色い髪の毛をした少女が扉の中に入り、静かに扉を閉めた。
「偶然、そこでみうちゃんと会ったの。さて、晩御飯の支度でもしましょうね」
そういって、黄色は台所に向かった。
「今日も見つからなかったの?」
りうがピンクにたずねた。
「はぁ〜・・・幻の競技・・・」
りうとピンクは残念な顔をしている。その時、
「あっ、実はね、見つけたの。その幻の競技」
「えっ!?」
その場にいた、俺を除いた全員が嬉しそうに聖美さんに駆け寄ってきた。
やっぱり、俺だけ、まだ仲間はずれのような気がした。
その証拠に、その時誰の目にも俺の姿は映っていなかったのだから。